疑わしきは罰せず

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疑わしきは罰せず」(うたがわしきはばっせず、ラテン語:in dubio pro reo)は、刑事裁判における原則である。ラテン語の直訳から「疑わしきは被告人の利益に」ともいう。刑事裁判においては検察側が挙証責任を負うが、被告人に不利な内容について被告人側が合理的な疑いを提示できた場合には被告人に対して有利に(=検察側にとっては不利に)事実認定をする。

概要[編集]

この言葉は事実認定の過程を裁判官の側から表現したものである。これを、当事者側から表現した言葉が推定無罪であり、ふたつの言葉は表裏一体をなしている。

条文上の根拠としては、刑事訴訟法336条が、「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決無罪の言渡をしなければならない」と定めている。

検察官が挙証責任を負う範囲については、構成要件該当事実のほか、違法性有責性処罰条件・刑の加重減免・量刑を基礎付ける事実も含むと解される。したがって、例えば、殺人罪の構成要件該当事実については合理的な疑いを超える証明がなされていたとしても、正当防衛の否定に合理的疑いがある場合は無罪としなければならない。

1975年最高裁判所の白鳥事件再審決定(通称「白鳥決定」)では、この「疑わしきは被告人の利益に」という原則を再審にも適用し、それまで「無罪とすべき明白な新証拠を発見したとき」という厳しい制約が課されていた再審開始の基準に対し「新証拠と他の証拠を総合的に評価して、確定判決の事実認定に合理的な疑いを生じさせれば足りる」という新たな基準を示した。この決定以後、いわゆる冤罪事件に対する再審請求が活発化し、免田事件梅田事件など再審において無罪判決が相次ぐ流れが生まれた。

原則からの逸脱[編集]

公害罪法では第5条で「工場又は事業場における事業活動に伴い、当該排出のみによつても公衆の生命又は身体に危険が生じうる程度に人の健康を害する物質を排出した者がある場合において、その排出によりそのような危険が生じうる地域内に同種の物質による公衆の生命又は身体の危険が生じているときは、その危険は、その者の排出した物質によつて生じたものと推定する」という規定があり、推定有罪を認める規定になっている。

また、近年、日本ではこの疑わしきは罰せずの原則に反して、性犯罪強姦強制わいせつ痴漢など)やセクシャルハラスメントに関係する裁判で、「疑わしきは罰する」と言うが如き判決が相次いでいるとの指摘がある。これは、警察検察裁判官が、「被害を受けた」と訴えた側(主に女性)の言い分を重視して立件し、被告側(主に男性)の言い分が無視されがちである現状を指している(詳細は痴漢冤罪を参照)。このケースは近年増加傾向にあり、特に裁判員が参加しないプロの裁判官のみで行われる裁判で多く見られると指摘されている[要出典]

問題点[編集]

関連項目[編集]