畔吉

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畔吉
—  大字  —
徳星寺
畔吉の位置(埼玉県内)
畔吉
畔吉
畔吉の位置
座標: 北緯35度58分11.33秒 東経139度33分13.22秒 / 北緯35.9698139度 東経139.5536722度 / 35.9698139; 139.5536722
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Saitama Prefecture.svg 埼玉県
市町村 Flag of Ageo, Saitama.svg 上尾市
人口 (2017年(平成29年)10月1日現在)[1]
 - 計 2,180人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 362-0065[2]
市外局番 048[3]
ナンバープレート 大宮

畔吉(あぜよし)は、埼玉県上尾市大字郵便番号は362-0065[2]

地理[編集]

上尾市の西部の大宮台地上に位置する。上尾駅からは4 kmほど西に離れており、徒歩50分ほどかかるため、農地が多く宅地化は進んでいない。かつての経緯から市主導での人権教育を徹底している。

歴史[編集]

もとは江戸期より存在した武蔵国足立郡石戸郷に属する畔吉村、古くは南北朝期より見出せる畔吉郷もしくは畔牛郷(あぜうしごう)であった[4]。荒川には江戸への物資の輸送の拠点となる畔吉河岸があった。

  • はじめ知行旗本牧野氏、寛永10年は石戸藩領、慶安3年より知行旗本牧野氏、享保11年より幕府領[4]
  • 1871年(明治4年) - 埼玉県に所属する。
  • 1879年(明治12年) - 北足立郡に所属する。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、畔吉村・中分村・小泉村・石戸領領家村・藤波村・小敷谷村・沖ノ上村・弁財村・中妻村・井戸木村が合併し、大石村となり、大石村の大字となる[4]
  • 1955年(昭和30年)1月1日 - 大石村が上尾町・平方町原市町・上平村・大谷村と合併し、上尾町となり[5]、上尾町の大字となる。
  • 1958年(昭和33年)7月15日 - 上尾町が市制施行して上尾市の大字となる[5]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字 世帯数 人口
畔吉 938世帯 2,180人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]

番地 小学校 中学校
全域 上尾市立大石南小学校 上尾市立大石南中学校

交通[編集]

  • 鉄道は敷設されていない。上尾駅からは4キロほど離れている。

道路[編集]

施設[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 町丁大字別人口表”. 上尾市 (2017年10月6日). 2017年10月6日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年10月6日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. ^ a b c 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』75-76頁。
  5. ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』1421頁。
  6. ^ 市内小・中学校通学区一覧”. 上尾市 (2017年6月1日). 2017年10月6日閲覧。
  7. ^ 原市・畔吉集会所 - 上尾市(上尾市教育委員会). (2014年3月1日)、2016年8月2日閲覧。
  8. ^ 上尾の寺社 26 諏訪神社(畔吉) - 上尾市. (2014年3月1日)、2016年7月28日閲覧。
  9. ^ 上尾の寺社 15 徳星寺(畔吉) - 上尾市. (2014年3月1日)、2016年7月28日閲覧。
  10. ^ (上尾歴史散歩)遺跡が語る上尾の歴史6 現存する上尾の古墳(殿山古墳 畔吉) - 上尾市. (2014年9月3日)、2016年8月2日閲覧。

参考文献[編集]