甲田光雄

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甲田 光雄(こうだ みつお、1924年(大正13年)8月1日 - 2008年(平成20年)8月12日)は、日本医師医学博士。元・日本綜合医学会 会長。元・甲田医院(閉院)院長。

概説[編集]

中学3年の時、慢性の胃腸病に罹り2年間休学する。その後胆囊胆道炎十二指腸炎大腸炎など病気はますます増えていき、大学病院にて治療を続けるが病状は一進一退で、やがて現代医学以外の民間療法東洋医学へ目を向けるようになる。学友から、築田多吉の『家庭に於ける實際的看護の秘訣』を見せてもらい、「肝臓病は断食で治る」という一文を見つける。それにより断食に興味を覚え、周囲の反対の声を振り切って奈良県生駒山の断食道場へ行き、11日間の断食を体験する。この断食寮で西勝造の著書に出会う。その後も断続的に断食を体験し、繰り返すうちに慢性的になっていた病気は徐々に快方へ向かい、5年もたったころにはすべての病気と縁が切れる[1]

甲田医院を設立すると、甲田光雄は、西式健康法を基本に、菜食の少食療法である西式甲田療法を確立した。

甲田療法[編集]

甲田療法は、西式健康法を改良して考案された民間療法。野菜をすりつぶした青ドロを使う西式健康法とは異なり、青ドロをこした青汁を使用する。一日二食、カロリーを1600kcal以下に抑えた食事を何ヶ月にも渡り続ける。食事は主に玄米(あるいは生玄米)、豆腐、青汁で、使用される薬は緩下剤である水酸化マグネシウム(スイマグ)のみ。一日2リットル以上の水、もしくは柿茶の摂取を推奨する。そうした少食を毎日続けていると当然体重が減ってくるが、あるところで体重の減少が止まり、大量の宿便が排泄されるいわゆる甲田カーブが訪れると甲田医師は主張する。大量の宿便が排泄されると胃腸の吸収が良くなり、やがて患者の体重は同じ食事の量であるにもかかわらず増加して行き、適正体重になると増加は止まると甲田医師は主張する。それらの過程で患者の抱えるあらゆる病気は改善し、健康体になると甲田医師は主張する。

年譜[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『甲田流超健康術』東茂由著 甲田光雄監修
  2. ^ 甲田医院公式サイト。平成26年12月末をもって甲田医院を閉院したことを記載。” (2015年1月1日). 2017年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月6日閲覧。

外部リンク[編集]