田辺鶴瑛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

田辺 鶴瑛(たなべ かくえい 1955年(昭和30年)11月22日 - )は講談協会所属の講談師。本名は土 あか美。

田辺鶴瑛たなべかくえい
田辺鶴瑛
本名 土あか美
生年月日 (1955-11-22) 1955年11月22日(64歳)
出生地 北海道函館市
師匠 田辺一鶴
家族 田辺銀冶

人物[編集]

北海道函館市出身。札幌藤女子短期大学別科卒業。19歳の時に母を亡くし、心の空白を埋めるためインド・インドネシア・沖縄などを旅する。

帰国後、陶芸家、草間彌生の助手、女優を日指すなどを経て結婚。出産、子育ての後、義母が倒れ3年間の介護を経験。

義母の死後、平成2年9月、夢の中に講談師田辺一鶴が現れ、さらにその1ヶ月後、新聞に田辺一鶴の「講談修羅場道場開講」の記事を目にしたことをきっかけに田辺一鶴に入門。

自身の経験をもとにした「介護講談」は映画化もされている。

現在、介護講談をはじめ、発達障害やアスペルガーの講談でも活動している。

娘で同じく講談師の田辺銀冶と共に母娘講談も行っている。

来歴[編集]

1990年  11月 講談師田辺一鶴に入門

1995年   4月 二つ目昇進 「鶴英」に改名

2003年   9月 講談協会、真打昇進

2006年   7月 ニューヨーク公演、11月 ハンガリー公演

2007年 在宅介護ビデオ「ほっとけ心のアッパレ介護」制作

2008年  10月 「鶴瑛」に改名

2016年 介護講談自主上映作品「田辺鶴瑛の『介護講談』」完成

2017年   5月 「田辺鶴瑛の『介護講談』」 国際映画祭で受賞

ジャパンフィルム・フェスティバル In LA 2017 でベスト・ドキュメンタリー賞を受賞

代表的な演目[編集]

新作[編集]

介護講談

「鶴英の修羅場介護日記」

「ほっとけ心のアッパレ介護」

「爺ちやんちゃんと死ねて良かったね」

自閉症講談

「だからこそ私は私」~自分の花を咲かそうぞ~

古典[編集]

「杜子春」 「本能寺」 「三方原軍記」

「姉川軍記」 「魚屋本多」 「寛政力士伝」

「大力お秀」 「白隠禅師」 「明智湖水渡」

「西行鼓ヶ瀧」 「神崎与五郎情の仮名書き」

「鶴八鶴二郎」 「宮本武蔵姫路城伝説」

新作・その他[編集]

「武州一揆」 「真説武州一揆」

「オリンピック日本女子金メダリスト列伝」

「薩摩隼人伝説」 「下諏訪伝説唐糸草紙」

「オペラ座の怪人と私」「日米地位協定」

「富山ホタルイカ伝説」 「ハリス夫人物語」

「フランクリン・ルーズベルト物語」 「ペギー葉山物語」

著書[編集]

「ぴんぴんころりでいきましょう」(文芸社)

「 ふまじめ介護」(主婦と生活社)

「 ふまじめ介護 ゆうゆう流」(主婦と生活社)

弟子[編集]

  • 田辺 銀冶

脚注[編集]

[脚注の使い方]

出典[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]