田澤純一

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田澤 純一
Junichi Tazawa
埼玉武蔵ヒートベアーズ #36
20110928-0441 Junichi Tazawa.jpg
レッドソックス時代
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市神奈川区
生年月日 (1986-06-06) 1986年6月6日(34歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 アマチュア・フリーエージェントとしてボストン・レッドソックスと契約
初出場 MLB / 2009年8月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

田澤 純一(たざわ じゅんいち、1986年6月6日 - )は、神奈川県横浜市神奈川区出身のプロ野球選手投手)。右投右打。愛称はタズ[1]

新聞などのメディアの一部では、田沢 純一と常用漢字表記に置き換えられることがある。

2013年のボストン・レッドソックス時代にワールドシリーズ制覇を経験している。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学3年から少年野球チーム「三ツ沢ライオンズ」で野球を始め、横浜市立松本中学校の軟式野球部では2年時の横浜市大会ベスト16が最高成績。

横浜商科大学高等学校では1年夏からベンチ入り。2年次には背番号10で夏の甲子園に出場するも登板はなかった。3年夏はエースで神奈川県予選でベスト4入りするが、準決勝で涌井秀章を擁する横浜高等学校に3-16で敗れた[2]

高校卒業後は新日本石油に入社。主にリリーフを務め、入社2年目の2006年には第33回社会人野球日本選手権大会でベスト4進出の原動力となる。ドラフト指名解禁年の2007年には複数の球団が大学・社会人ドラフトの1巡目(希望枠)候補として検討していたが、リリーフ失敗など前年に比べると精彩を欠いたこと、また秋から挑戦した先発転向も結果が残せなかったことなどから残留を表明[3]

2008年JABA東京スポニチ大会準々決勝(対JFE東日本戦)で5連続・6連続を含む大会新記録の18奪三振[4]。同年夏の第79回都市対抗野球大会では全5試合に登板して1完封を含む4勝を挙げ、投球回数28回1/3で4失点、奪三振36・防御率1.27という成績で大会MVPに当たる橋戸賞を受賞した[2]

田澤問題[編集]

2008年9月11日、記者会見でメジャーリーグ挑戦の意思を表明[5]。同時に日本プロ野球(NPB)の12球団宛にドラフト指名を見送るよう求める文書を送付した。日本球団からのドラフト上位指名が確実視される選手が日本球界入りを拒否しメジャーリーグ挑戦を表明したことは「田澤問題」として日本プロ野球のドラフト制度に問題を提起した[6]

従来、NPB/MLB間には、互いの国のドラフト候補選手とは交渉しないという紳士協定があったが、田澤のようにアマチュア選手本人がメジャー挑戦を希望しているにも関わらず、これを阻害することは職業選択の自由に反するため、この例外となった[7]。一方で、日本球界側からは田澤に続いて有力アマチュア選手が直接、メジャーリーグに行くようになることで、ドラフト制度の崩壊を懸念する声も挙がった[8]

この結果、日本のプロ野球のドラフト指名を拒否して、海外のプロ野球球団と契約した選手は、海外球団を退団した後も一定期間(大卒・社会人は2年間、高卒選手は3年間)は、NPB所属球団と契約できないとする12球団の申し合わせ事項(いわゆる田沢ルール)が設けられた[9]

2020年9月7日、日本プロ野球選手会日本野球機構(NPB)側に申し合わせ事項の撤廃を要望したことに加え、選手の育成環境が変化していることから、NPBは臨時代表者会議において、申し合わせ事項の廃止と、それに代わる新たなルールも作らないことを決定した[10][11]。これにより、10月26日のドラフト会議で、田澤も指名対象となった[10]。しかし、どの球団も田澤を指名しなかった[12]

2020年11月5日、公正取引委員会は申し合わせ事項について、独占禁止法に違反する疑いがあると発表した。なお、前述の通り、同年9月に申し合わせ事項を廃止したことからNPBへの処分は行わずに調査を終了した[11]

プロ入りとレッドソックス時代[編集]

2008年12月4日にボストン・レッドソックスと3年総額400万ドル(約3億8000万円)でメジャー契約を結んだ[13]。日本のプロ野球を経由せずにアマチュアFAとしてMLB球団と契約し、メジャーにまで昇格した日本人選手としてはマック鈴木多田野数人に続いて3人目、中でもマイナー契約を経ずにメジャー契約を結んだ初の日本人選手となった[14]

レッドソックス時代(2012年)

日付は全て現地時間

2009年は招待選手としてメジャーのスプリングトレーニングに合流。5試合で9回1失点と好投を続けていたが、当初の育成方針通りに進まず、3月22日にはマイナー行きが告げられた[15]。AA級ポートランド・シードッグスでは開幕投手を務め、18試合に登板して9勝5敗、防御率2.57、WHIP1.08の好成績を残した[2]。7月、AA級東地区のオールスター戦にファン投票で選出[16]。また、メジャーリーグのオールスター戦の前座として開催されるフューチャーズゲームの世界選抜チームにも選ばれた[17]。フューチャーズゲームでは先発予定だったが、雨天で試合開始が大幅に遅れたため球団の指示で登板回避となった[18]。7月27日にAAA級ポータケット・レッドソックスに昇格し、2試合の登板で0勝2敗、防御率2.38、WHIP0.71の成績を残した。

8月7日、DFAとなったジョン・スモルツに代わってメジャー初昇格。同日のニューヨーク・ヤンキース戦、延長14回0-0の場面でプルペンに残っていた最後の投手(8番手)としてメジャー初登板。最初に対戦した松井秀喜は中直に打ち取ったが、15回にアレックス・ロドリゲスにサヨナラ本塁打を打たれ敗戦投手となった[19]松坂大輔ら先発投手に故障者が相次いでいたこともあり、同月11日のデトロイト・タイガース戦でメジャー初先発[20]。5回4安打3失点(自責1)に抑えてメジャー初勝利を挙げ[21]、23歳66日での先発勝利は日本人メジャーリーガー最年少記録となった。同月22日にはヤンキース戦に先発し、6回無失点で2勝目をあげた。しかし、メジャー4度目の先発となった27日のシカゴ・ホワイトソックス戦で9失点と打ち込まれ、30日にロースター枠の都合でマイナー降格。9月1日にセプテンバーコールアップで再昇格したが、4日のホワイトソックス戦でリリーフ登板した際に股関節を痛め、60日故障者リストに掲載されてシーズンを終えた[22]。シーズン通算で登板6試合(うち先発が4)、2勝3敗で防御率7.46、WHIP2.05という成績であった[2]

2010年は開幕メジャー入りを目指すも、スプリングトレーニングでは1イニング3本塁打を浴びるなど結果を残せず[23]。前年から抱えていた右ひじの違和感を訴え、精密検査を受けた結果、右ひじの靭帯損傷が見つかりトミー・ジョン手術を受けることになった[24]。4月6日に手術を受け、8月に軽いキャッチボールを再開。その後もリハビリのためシーズン全休となった。

2011年2月に術後はじめてブルペンで全力投球を行う[25]。3月には東日本大震災を受けてチームメイトの松坂大輔岡島秀樹正田樹と義援金を募った[26]。5月20日にA+級セイラム・レッドソックスで実戦復帰[27]。A+級セイラムでは6試合に登板し0勝1敗、防御率6.05、WHIP1.34ながら、球速は92mph(約148km/h)を計測するまでの回復を見せ、6月にAA級ポートランドに昇格[28]。AA級ポートランドでは6試合のリリーフ登板を含む8試合の登板で3勝2敗・防御率4.70・WHIP1.17の成績を残し、8月8日にAAA級ポータケットに昇格。AAA級ポータケットではリリーフとして8試合に登板し1勝1敗・防御率2.51・WHIP1.19の成績を残し、ポストシーズンでは岡島秀樹との継投もあった[29]。セプテンバーコールアップにともない、9月13日に2年ぶりにメジャー昇格[30]。同月14日のトロント・ブルージェイズ戦でリリーフ登板し1回1失点だったが、球速は93mph(約150km/h)と復活を印象づけた[31]

2012年3月9日に年俸92万ドルの1年契約でレッドソックスと契約更新した[32]。メジャー4年目で初の開幕ロースター入りを目指したが[33]、スプリングトレーニングでは5試合の登板で7回を投げ防御率3.86、WHIP1.29と結果を残せず、3月23日にAAA級ポータケットへ降格してマイナーで開幕を迎える[34]。開幕後は4試合の登板で1セーブ、防御率0.00、WHIP1.00の成績を残し、4月18日にメジャー昇格[35]。26日のシカゴ・ホワイトソックス戦では7回から2番手として登板し、3回無失点でメジャー初セーブを記録。4月は5試合に登板して無失点だったが、5月1日にAAA級ポータケットへ降格。ボビー・バレンタイン監督は「ケビン・ユーキリスが腰痛を再発させ、野手が必要になった。田澤の投球が悪かったのではなく(契約上)マイナーに送れる数少ない選手だった」と降格の理由を語った[36]。7月15日に再昇格し、15試合の登板で防御率1.80、WHIP1.40の好投を続けていたが、デビッド・オルティーズが故障から復帰したことに伴い、8月24日に再降格したが、エイドリアン・ゴンザレスらのトレードに伴い、翌日再昇格。再昇格後も17試合の登板で防御率1.53、WHIP0.45と好投を続け、1四球当たりの三振数は40イニング以上投げた投手でメジャー最高の9.00を記録。監督のバレンタインは「考えられないほど良くなった」と語り、チームメイトの松坂大輔からも「今の純一ならWBCでクローザーができる」と絶賛された[37]。9月23日のボルチモア・オリオールズ戦では3年ぶりの白星を挙げ、10月4日のシーズン最終登板後には本人が「思った以上にいいシーズンだった」と振り返った[38]

ボストンでの優勝パレードでダックボートに乗って手を振る上原、田澤、クレイグ・ブレスロウ。(2013年11月2日)

2013年は、右腕・上原浩治、左腕・クレイグ・ブレスロウと共にブルペンの軸としてチームに貢献した。当初クローザーに予定していたジョエル・ハンラハンがケガで離脱し、代役のアンドリュー・ベイリーも乱調で結果を残せず、ベイリーが負傷した5月7日から田澤が一時的に暫定クローザーに指名された[39]。しかし5月はチームに負けが多く、5月末にクローザーに復帰したベイリーも不調であり、6月7日のテキサス・レンジャーズ戦では、上原までもが走者一掃の2塁打を打たれると、”レッドソックスに救援陣は居ない”と批評された[40]。6月20日からは上原がクローザーに選ばれたが、この時には得点圏被打率0.088と勝負強い結果を残していた田澤を再度クローザーに指名するべきだという記事やアンケート結果が出された[41]。しかし上原がクローザーとしての能力を証明し始めると、田澤は勝負どころのセットアッパーとして起用され、試合の終盤において「8回・田澤/ブレスロウ、9回・上原」の継投パターンが確立、後半戦とポストシーズンにおいて、”圧倒的”と称されたレッドソックスの救援陣の一角を占めた。このシーズンは、自己最多の71試合(リーグ10位タイ)に登板し、開幕から閉幕まで一度もメジャーから離脱しなかった。ポストシーズンでも、13試合の登板で1勝、防御率1.23と好投し、自身初のワールドシリーズ制覇を経験した。

2014年1月17日にレッドソックスと1年契約に合意した[42]。この年は前年同様71試合に登板。防御率、WHIPはともに前年より改善した。

2015年8月7日に上原が怪我で戦線離脱した後、代役のクローザーとして6試合に登板した間は防御率7.50と苦手意識を露呈し、クローザーの任務から外された。シーズン通じてややピリッとしない投球が目立った。最終的には、日本人メジャーリーガー史上5人目の3年連続60試合登板以上となる61試合に投げたが、疲労休養の名目で9月半ばにシーズンを終えた[43]。最終成績は防御率4.14・2勝7敗3セーブ・WHIP1.33というものだった。

2016年9月16日のヤンキース戦で日本人投手5人目[44]となる通算300試合登板を達成した[45]。ここ4シーズンでは最少の53試合に登板し、防御率4.17・FIPも4.23という今ひとつの数字だった。収穫としては、メジャーでコンスタントに投げるようになってからでは自己最高の奪三振率9.8をマークした事がある。オフの11月3日にFAとなった[46]。チームは地区優勝でプレーオフに進出したものの、ディビジョンシリーズではロースターに登録されず、出場機会が与えられなかった。

マーリンズ時代[編集]

2016年12月16日、マイアミ・マーリンズと2年総額1200万ドルで契約した[47]

2017年4月9日

2017年はスプリングトレーニングでは登板した7試合全てで無失点と好調を維持してシーズンを迎えたが[48]、肋軟骨の炎症により故障者リスト入りするなどシーズンを通しては働くことができず、55試合に登板し3勝5敗9ホールド、防御率5.69であった[49]

2018年も22試合に登板し1勝1敗2ホールド、防御率9.00と不調で、5月17日に戦力外となり[50]、21日に自由契約となった[46]

タイガース傘下時代[編集]

2018年6月4日、デトロイト・タイガースとマイナー契約で合意、3Aのトレド・マッドヘンズで調整後に昇格する見通しと報道された[51]。だが3Aで7試合に登板して0勝1敗、防御率9.39と結果を残すことができず、7月9日に契約を解除された[52]

エンゼルス時代[編集]

2018年7月14日、ロサンゼルス・エンゼルスとマイナー契約で合意した[53]。9月1日、メジャー契約を結び昇格した[46]。9試合に登板し、被安打7、3失点(自責2)、防御率2.25と右肩上がりでシーズンを締めくくった。

カブス傘下時代[編集]

2019年1月26日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結んだ[54]。オープン戦で6試合に登板し5回2/3、2被安打無失点9奪三振、防御率0.00と結果を残していたが、3月23日に契約を解除された[55]。しかし、3月26日に再びマイナー契約を結び、メジャー昇格した場合は年俸として90万ドルが支払われる[56]。5月12日からカブス傘下AAA級であるアイオワ・カブスに所属するも、19試合で防御率4.00と振るわず、7月11日に解雇される。

契約解除された後はロサンゼルス近郊に滞在し、公園で地元住人に混ざってキャッチボールをしていたという[57]

レッズ傘下時代[編集]

2019年8月11日、約1カ月のブランクを経て、シンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ。シーズン終盤には3Aで2試合に登板し得点を許さず、3回、0勝0敗、防御率0.00、WHIP0.67の成績を残した[58]が、メジャー昇格はならなかった。

2020年3月11日、レッズが契約を解除したことを発表した。

ルートインBCリーグ時代[編集]

同年7月12日、ルートインBCリーグ埼玉武蔵ヒートベアーズに入団すると報じられ、球団も契約予定であると認めた。13日に記者会見が行われ、入団が発表された[59]。また、9月7日には日本野球機構は長年に渡って議論されていた田澤ルールの撤廃を決定した[60]。これにより、同年のドラフト会議で指名されればNPB入りが可能となった。本人もNPBから指名された際には入団に前向きな意向を表明していたものの、指名はかからなかった。リーグでは、コロナウィルスの関係でBCリーグが地区で別れ武蔵は対戦相手が神奈川フューチャードリームスとの対戦のみとなったが、初登板から3試合は無失点で抑え8月8日には独立移籍初勝利を挙げたが[61]、日本のボールやマウンドの固さの違いに苦労し3試合連続で失点し、9月入って再び3試合無失点に抑えたが好調が続かずその後4試合に登板し自責点4と苦しんだ。10月は3試合に登板し全て無失点で抑えリーグ戦を終えた。日本での野球に四苦八苦しながらも全登板1イニングを最後まで投げきり速球はコンスタントに球速150キロ超えを計測し、16試合の登板で2勝0敗、12奪三振、防御率3.94を記録した[62]

投球スタイル[編集]

高めのスリークォーターで投げ、腕の振りが非常に速い[63]クイックが非常に速く、0.99~0.97秒をマークする[64]。社会人野球時代に、既に球速が156km/hを計測した目玉選手であった[65]

平均球速約93mph[66](約150km/h)、最速97mph(約156.1km/h)のフォーシームカーブスライダーフォークボールが持ち球[66]としている。社会人時代はカーブが高く評価されている[63]。リリーフ転向後は、ほぼフォーシームとフォークボールを中心に組み立てている(投球の8割超を占める)[66]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2009 BOS 6 4 0 0 0 2 3 0 0 .400 130 25.1 43 4 9 0 3 13 0 0 23 21 7.46 2.05
2011 3 0 0 0 0 0 0 0 0 --- 13 3.0 3 1 1 0 0 4 0 0 2 2 6.00 1.33
2012 37 0 0 0 0 1 1 1 5 .500 172 44.0 37 1 5 0 2 45 0 0 7 7 1.43 0.96
2013 71 0 0 0 0 5 4 0 25 .556 284 68.1 70 9 12 1 1 72 3 1 25 24 3.16 1.20
2014 71 0 0 0 0 4 3 0 16 .571 261 63.0 58 5 17 1 0 64 5 0 23 20 2.86 1.19
2015 61 0 0 0 0 2 7 3 16 .222 247 58.2 65 5 13 1 1 56 9 1 28 27 4.14 1.33
2016 53 0 0 0 0 3 2 0 16 .600 208 49.2 47 9 14 1 1 54 4 0 23 23 4.17 1.23
2017 MIA 55 0 0 0 0 3 5 0 9 .375 238 55.1 55 8 22 4 2 38 2 0 35 35 5.69 1.39
2018 22 0 0 0 0 1 1 0 2 .500 99 20.0 28 6 13 3 0 24 0 0 21 20 9.00 2.05
LAA 9 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 35 8.0 7 1 3 0 0 4 1 0 3 2 2.25 1.25
'18計 31 0 0 0 0 1 1 0 2 .500 134 28.0 35 7 16 3 0 28 1 0 24 22 7.07 1.82
MLB:9年 388 4 0 0 0 21 26 4 89 .447 1687 395.1 413 49 109 11 10 374 24 2 190 181 4.12 1.32
  • 2019年度シーズン終了時

記録[編集]

独立リーグでの投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2020 埼玉 16 0 0 0 0 2 0 0 0 1.00 68 16.0 14 1 4 - 1 12 3 0 8 7 3.94 1.13
通算:1年 16 0 0 0 0 2 0 0 0 1.00 68 16.0 14 1 4 - 1 12 3 0 8 7 3.94 1.13
  • 2020年度シーズン終了時

表彰[編集]

JABA

背番号[編集]

  • 63(2008年 - 2012年)
  • 36(2013年 - 2016年、2020年 - )
  • 25(2017年 - 2018年5月)
  • 47(2018年9月 - 同年終了)

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Breakdown of Marlins' Players Weekend names MiLB.com (英語) (2017年8月24日) 2017年9月27日閲覧
  2. ^ a b c d 「プロ野球開幕スペシャル 俺たちはまだ負けられない」…TBS 2011年5月7日
  3. ^ ENEOS FAN わが青春に悔いなし 第24回
  4. ^ 田沢が大会新記録の18K/社会人野球 nikkansports.com 2008年3月24日
  5. ^ 新日本石油・田沢メジャー挑戦を表明 nikkansports.com 2008年9月11日
  6. ^ 田澤問題【たざわもんだい】 kotobank
  7. ^ アマから直接メジャーリーグへ。「田沢問題」が突いたドラフト制度の盲点 ――「職業選択の自由」は「紳士協定」を超えられるか? 1 ダイヤモンド・オンライン 2008年10月7日
  8. ^ 今秋ドラフト超目玉、新日石・田沢米流出 nikkansports.com 2008年9月5日
  9. ^ ドラフト拒否選手の復帰制限問題 日本プロ野球選手会 公式ホームページ
  10. ^ a b "「田沢ルール」撤廃決定、自らもドラフト指名対象に". nikkansprots.com. 日刊スポーツ新聞社. 7 September 2020. 2020年9月7日閲覧
  11. ^ a b “プロ野球「田沢ルール」は独禁法違反疑い 公取委発表 9月撤廃で調査終了”. 毎日新聞. (2020年11月5日). https://mainichi.jp/articles/20201105/k00/00m/050/240000c 2020年11月8日閲覧。 
  12. ^ 元大リーガー田沢は指名されず プロ野球ドラフト”. 時事通信 (2020年10月26日). 2020年11月8日閲覧。
  13. ^ 田沢渡米3年3・8億円でレ軍と大筋合意 nikkanspots.com 2008年12月2日
  14. ^ 日本のプロ経由せず米に挑んだ主な選手 nikkansports.com 2012年10月22日
  15. ^ 田沢、2Aの開幕投手に決定 nikkansports.com 2009年4月9日
  16. ^ 田沢ファン投票で2A球宴出場決まった nikkansports.com 2009年7月3日
  17. ^ 田沢がフューチャーズ・ゲームで先発 nikkansports.com 2009年7月13日
  18. ^ 田沢、雨で先発消滅「投げる気満々…」 nikkansports.com 2009年7月13日
  19. ^ 田沢突然のメジャー初登板でサヨナラ被弾 nikkansports.com 2009年8月9日
  20. ^ 田沢12日初先発 レ軍監督が救世主に指名 nikkansports.com 2009年8月11日
  21. ^ 田沢、乱闘乗り越え冷静にメジャー1勝 nikkansports.com 2009年8月13日
  22. ^ 田沢の今季終了 股関節に違和感DL入り nikkansports.com 2009年9月23日
  23. ^ 田沢生き残りへピンチ…1イニング3被弾 nikkansports.com 2010年3月24日
  24. ^ 田沢右ひじ手術決定「信じてやってみる」 nikkansports.com 2010年4月3日
  25. ^ 田沢全力ブルペン「やっとここまで」 nikkansports.com 2011年2月21日
  26. ^ 松坂が岡島が…ヤ軍戦前280万円集めた日刊スポーツ、2011年3月16日
  27. ^ 田沢、復帰戦は4失点=米大リーグ”. 時事通信 (2011年5月21日). 2011年6月5日閲覧。
  28. ^ 次のレベルへ…田沢、2Aに“ステップアップ””. スポーツニッポン (2011年6月25日). 2011年7月25日閲覧。
  29. ^ 岡島、田沢が3Aで無安打継投日刊スポーツ、2011年9月11日。
  30. ^ レッドソックス田沢2年ぶりメジャー昇格 nikkansports.com 2011年9月14日
  31. ^ 田沢739日ぶりメジャーで150キロ復活投 nikkansports.com 2011年9月15日
  32. ^ 田沢Rソックスと1年契約合意 nikkansports.com 2012年3月10日
  33. ^ “田沢 メジャー4年目で初の開幕ロースター入り目指す”. スポーツニッポン. (2012年1月21日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/01/12/kiji/K20120112002412350.html 2012年3月24日閲覧。 
  34. ^ “田沢3A降格 メジャー40人枠でシーズン途中昇格も”. スポーツニッポン. (2012年3月24日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/03/24/kiji/K20120324002893710.html 2012年3月24日閲覧。 
  35. ^ “田沢メジャー昇格 3Aで4試合無失点評価された”. スポーツニッポン. (2012年4月19日). http://www..co.jp/baseball/news/2012/04/19/kiji/K20120419003076820.html?feature=related 2012年4月21日閲覧。 
  36. ^ 田沢マイナー降格 ボビー「野手必要に」日刊スポーツ、2012年5月2日。
  37. ^ 「良くなった」田沢絶賛の8戦無失点日刊スポーツ、2012年9月19日
  38. ^ 田沢「いい感じで終われ、いいシーズン」 nikkansports.com 2012年10月4日
  39. ^ 出村義和 (2013年5月15日). “#9 田澤純一 クローザーという大役を担う”. J SPORTS. http://www.jsports.co.jp/press/article/N2013051517510101.html 2013年10月20日閲覧。 
  40. ^ “No relief for Red Sox in loss to Rangers”. Boston herald.com. (2013年6月6日). http://bostonherald.com/sports/red_sox_mlb/boston_red_sox/2013/06/no_relief_for_red_sox_in_loss_to_rangers 2013年6月6日閲覧。 
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  44. ^ 過去の4人は長谷川滋利(2002年達成、通算517試合)、野茂英雄(2004年達成、通算323試合)、斎藤隆(2011年達成、通算338試合)、上原浩治(2015年達成、2016年シーズン終了時点通算387試合)
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]