田渕龍二

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田渕 龍二(旧姓:花垣) Football pictogram.svg
名前
愛称 リュウ
カタカナ タブチ リュウジ
ラテン文字 TABUCHI Ryuji
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1973-02-16) 1973年2月16日(45歳)
出身地 徳島県
身長 170cm[1]
体重 65kg[1]
選手情報
ポジション DF / MF
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

田渕 龍二(たぶち りゅうじ、1973年2月16日 - )は徳島県出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションは右サイドバックウイングバック。旧姓は花垣(はながき)。

人物・来歴[編集]

日本サッカーリーグ大塚製薬サッカー部を経て、1997年ジャパンフットボールリーグコンサドーレ札幌へ入団。右のスペシャリストとして[2] チームのJリーグ昇格に貢献した。その後も豊富な運動量を活かして主力として活躍。攻撃面での突出した活躍はあまり見られなかったものの、絶対にこぼさないトラップは芸術的とまで言われ、エメルソンからの強烈なパスを難なく受け止め、こぼれ球を狙った相手DFをかわして決めた2000年7月29日J2第25節対浦和レッドダイヤモンズ戦(札幌厚別公園競技場)でのミドルシュートは札幌サポーターに強い印象を残した。しかし、2002年頃からは運動量に陰りが見え始め、酒井直樹西田吉洋にレギュラーを奪われると、札幌のJ2降格と共に戦力外通告を受け同年退団。その後ヴィッセル神戸に入団するも、1年で現役を引退した。引退後は地元の徳島に帰り、千松自動車教習所に勤務する一方で、Jリーグ中継徳島ヴォルティスおよびカマタマーレ讃岐戦の解説も担当している。現在は徳島市立高等学校サッカー部のコーチを勤めている。

選手時代は地味だが堅実で、簡単に振り切られない粘り強いディフェンスが持ち味だった。

エピソード・アラカルト[編集]

  • 大塚時代の姓は花垣。結婚後に現在の姓となった。
  • 札幌の2度のJ1昇格(1997年・2000年)に大きく貢献した一方で、2度のJ2降格(1998年・2002年)の憂き目にも遭っている。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 JSL杯/ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1991-92 大塚 23 JSL2部 29 0 1 0
1992 13 旧J1 15 0 - 0 0 15 0
1993 3 9 1 - 1 0 10 1
1994 旧JFL 27 1 - 1 0 28 1
1995 14 0 - 0 0 14 0
1996 19 0 - 3 0 22 0
1997 札幌 2 29 1 6 0 3 0 38 1
1998 J 31 0 4 0 3 0 38 0
1999 J2 35 1 2 0 3 0 40 1
2000 36 1 2 0 3 0 41 1
2001 J1 29 0 2 0 0 0 31 0
2002 10 0 6 0 0 0 16 0
2003 神戸 22 13 0 3 0 0 0 16 0
通算 日本 J1 83 0 15 0 3 0 101 0
日本 J2 71 2 4 0 6 0 91 0
日本 JSL2部 29 0 1 0
日本 旧JFL1部 113 3 6 0 8 0 127 3
総通算 296 5 26 0

その他の公式戦


参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 『J.LEAGUE OFFICIAL FANS' GUIDE 2002』p22
  2. ^ 『Jリーグオフィシャルガイド1998』p32