コンテンツにスキップ

田渕龍二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
田渕 龍二(旧姓:花垣)
名前
愛称 リュウ
カタカナ タブチ リュウジ
ラテン文字 TABUCHI Ryuji
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1973-02-16) 1973年2月16日(53歳)
出身地 徳島県
身長 170cm[1]
体重 65kg[1]
選手情報
ポジション DF / MF
ユース
1988-1990 日本の旗 徳島商業高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1991-1996 日本の旗 大塚製薬 113 (2)
1997-2002 日本の旗 コンサドーレ札幌 170 (3)
2003 日本の旗 ヴィッセル神戸 13 (0)
通算 296 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

田渕 龍二(たぶち りゅうじ、1973年2月16日 - )は、徳島県出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションは右サイドバックウイングバック。旧姓は花垣(はながき)。

人物・来歴

[編集]

日本サッカーリーグ大塚製薬サッカー部を経て、1997年ジャパンフットボールリーグコンサドーレ札幌へ入団。右のスペシャリストとして[2] チームのJリーグ昇格に貢献した。その後も豊富な運動量を活かして主力として活躍。攻撃面での突出した活躍はあまり見られなかったものの、絶対にこぼさないトラップは芸術的とまで言われ、エメルソンからの強烈なパスを難なく受け止め、こぼれ球を狙った相手DFをかわして決めた2000年7月29日J2第25節対浦和レッドダイヤモンズ戦(札幌厚別公園競技場)でのミドルシュートは札幌サポーターに強い印象を残した。しかし、2002年頃からは運動量に陰りが見え始め、酒井直樹西田吉洋にレギュラーを奪われると、札幌のJ2降格と共に戦力外通告を受け同年退団。その後ヴィッセル神戸に入団するも、1年で現役を引退した。引退後は地元の徳島に帰り、千松自動車教習所に勤務する一方で、Jリーグ中継徳島ヴォルティスおよびカマタマーレ讃岐戦の解説も担当している。現在は徳島市立高等学校サッカー部のコーチを勤めている。

選手時代は地味だが堅実で、簡単に振り切られない粘り強いディフェンスが持ち味だった。

エピソード・アラカルト

[編集]
  • 大塚時代の姓は花垣。結婚後に現在の姓となった。
  • 札幌の2度のJ1昇格(1997年・2000年)に大きく貢献した一方で、2度のJ2降格(1998年・2002年)の憂き目にも遭っている。

所属クラブ

[編集]

個人成績

[編集]
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本リーグ戦JSL杯/ナビスコ杯天皇杯期間通算
1991-92大塚23JSL2部29010
199213旧J1150-00150
1993391-10101
1994旧JFL271-10281
1995140-00140
1996190-30220
1997札幌22916030381
1998J3104030380
1999J23512030401
20003612030411
2001J12902000310
20021006000160
2003神戸221303000160
通算日本J1 830150301010
日本J2 7124060910
日本JSL2部 29010
日本旧JFL1部 113360801273
総通算 2965260

その他の公式戦

タイトル

[編集]

クラブ

[編集]
コンサドーレ札幌

脚注

[編集]
  1. 1 2 『J.LEAGUE OFFICIAL FANS' GUIDE 2002』p22
  2. 『Jリーグオフィシャルガイド1998』p32

参考文献

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]