田母神俊雄

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田母神 俊雄
Toshio Tamogami.jpg
2009年
生誕 1948年7月22日(65歳)
日本の旗 福島県郡山市
所属組織 Flag of JASDF.png 航空自衛隊
最終階級 空将
除隊後 軍事評論家
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田母神 俊雄(たもがみ としお、1948年7月22日 - )は、日本軍事評論家[1][2]頑張れ日本!全国行動委員会代表、予備役ブルーリボンの会顧問。元航空幕僚長・元空将

来歴[編集]

生い立ち[編集]

福島県郡山市田村町の農村に生まれる。[3]。その後地元の中学校をへて福島県立安積高等学校へ進学した。

防衛省時代[編集]

アメリカ空軍儀仗隊を巡閲
(2008年8月19日)
アメリカ空軍参謀総長ノートン・シュワルツ大将よりアメリカ軍のレジオン・オブ・メリット勲章を授与される
(2008年8月19日)
アメリカ空軍記念碑に献花
(2008年8月19日)

福島県立安積高等学校から防衛大学校入校(総理府防衛庁入庁)。卒業後航空自衛隊に任官。職種は高射運用。 田母神本人は操縦資格を所持していないが、搭乗視察(後部座席に同乗)で戦闘機などに乗っており、総飛行時間50時間を記録している[4]

第6航空団司令、統合幕僚学校長、航空総隊司令官を経て、2007年3月28日航空幕僚長に就任。

2008年10月31日、自身の論文にて集団的自衛権の行使を日本国憲法違反とする政府見解や、1995年8月15日発表の村山談話と異なる主張をしたことなどが問題視され、航空幕僚長の職を解かれ航空幕僚監部付に[5]

62歳定年の航空幕僚長たる空将でなくなったことにより、一般の空将と同様の60歳定年が適用され定年退官。幕僚長などの将は退官する際に皇居に参内する慣習があるが、これも適用されなかった。

年譜[編集]

  • 1967年 3月:福島県立安積高等学校卒業
  • 1971年 3月:防衛大学校卒業(15期、電気工学専攻)
  • 1986年 1月:2等空佐昇任
  • 1990年 1月:1等空佐昇任
  • 1991年 8月:航空幕僚監部防衛課
  • 1993年 12月:第3航空団基地業務群司令
  • 1995年 6月:航空幕僚監部厚生課長
  • 1996年 7月:空将補昇任
  • 1997年 3月:南西航空混成団司令部幕僚長
  • 1998年 7月:第6航空団司令
  • 1999年 12月:航空幕僚監部装備部長
  • 2002年 12月:空将昇任、統合幕僚学校長
  • 2004年 8月:航空総隊司令官
  • 2007年 3月:第29代航空幕僚長
  • 2008年 10月31日:民間の懸賞論文へ応募した作品が政府見解と対立するものであったことが問題視され幕僚長を更迭、航空幕僚監部付となる。同日付で「航空幕僚長たる空将」から空将となったことにより一般の将と同様の60歳定年が適用、6ヶ月の定年延長が発令。
  • 2008年 11月3日:定年延長が11月3日までとされ、同日定年退職。
  • 2008年 11月11日:参議院外交防衛委員会に参考人として招致される[6]
  • 2009年 2月:株式会社田母神事務所を設立、代表取締役に就任。
  • 2010年 12月:田母神事務所を解散し、個人商店化と住所移転(赤羽へ)を登記。
  • 2012年 5月14日:世界ウイグル会議代表者大会に出席[7]
  • 2012年 8月19日:尖閣列島周辺での慰霊祭に参加。
  • 2014年1月7日、猪瀬直樹東京都知事の辞職に伴い行われた東京都知事選に立候補、同年2月9日に行われた投票で61万865票を集めるも、全立候補者16人中4位の得票数に終わり落選[8]

人物像[編集]

田母神のトークは、各所で「田母神節」と呼ばれる。またユーモアが好きである[9]

落語が好きで、防衛大学校時代は東京・渋谷の東急文化寄席に通った。[10]

長嶋茂雄に憧れている[11]カラオケが好きで、今井美樹の「PRIDE」、浜田省吾の「もうひとつの土曜日」が18番であるほか、甲斐バンドの曲もよく歌うという[12]

2008年の『週刊文春』によれば、幕僚長時代、自分の体格が小柄であることを題材(自著[要出典]公称で身長162cm)に「自分は昔から歯に衣着せぬ発言で『慎重さが足りない』と言われてきました。しかし、私は言いたい。私に足りないのは慎重さではなく“身長”なんです!!」「各省庁のコンパクト化、スリム化が昨今言われていますが、防衛庁はまず幕僚長をコンパクト化しました」などのジョークを飛ばした。自身の身長については、学生時代はコンプレックスであったが、今となっては、このように冗談のネタにしており、もはやコンプレックスではなくなったと語る。

自衛隊の同期や上官からは「タモちゃん」の愛称で慕われていた[13]。宴会の時には士や曹からも「タモちゃん」と呼ばれていたと言う。田母神は「ここまで気さくな人間は、自衛隊の幹部では私以外にいなかっただろう」と語っている[14]

幕僚長解任後、退職金約7000万円を受領[15]浜田靖一防衛相から自主返納を促されていた[16]が、田母神は返納しない考えを示した[15]

選択的夫婦別姓制度導入に反対する[17]

守秘義務違反疑惑[編集]

2010年11月、著書『自衛隊風雲録』に記載されている内容が、在任中に知りえた情報を漏洩した守秘義務違反(自衛隊法第59条、退官後も適用される。同法118条1項1号に罰則規定)および元隊員に対する名誉毀損にあたるとして、元隊員の代理人から謝罪とその公表を求める通告書を送られた[18]が、田母神は回答期限までに返答しなかった。また同書については回収も求められている[19]。その後田母神は何の対応もしてこなかったが、2012年12月末になって、著書を「男性は腕力で女性を抑圧して性交しようとした」という部分などを引用した形で訂正することで元隊員側と合意した事が報道された。元隊員の代理人は記者会見において「実質上の謝罪と受け止めている」と発言している[20]

空き巣被害[編集]

2011年1月24日、東京都世田谷区の自宅マンションで空き巣被害に遭っていた事が警視庁北沢署への取材で分かった。盗まれたのは現金や指輪・商品券など約300万円相当に上るとみられ、北沢署が窃盗容疑で調べている。なお、この時田母神節は出なかった。しかし知人によれば自宅は埼玉県三郷市だったはずだという。また「田母神事務所」関係者は登記簿にある“赤羽の自宅”の存在を否定している[21]

家系[編集]

「田母神」姓は福島県に縁のある姓である。福島県郡山市田村町にある山村地帯に田母神地区がある。同地は、征夷大将軍坂上田村麻呂の母の出身地といわれている。坂上田村麻呂の母は、「田を守護する神」として一部の人々から信仰されており、「田母神」姓は坂上田村麻呂の子孫が代々その神を祀りながら生きた歴史に由来するとされる。また、福島県内には同じ地名が他にいくつかあるが、坂上田村麻呂の子孫が散らばって土着した結果だといわれている。

田母神の生まれた地区に田母神小学校があり、田母神自身も同校の卒業生である(ただし小学校名の読みは「たもかみ」と濁らない)。

疑義を持たれた言動[編集]

2012年10月20日、Twitter上で
「沖縄女性暴行事件でテレビが連日米兵の危険性を訴えるが、この事件が起きたのは朝の4時だそうです。平成7年の女子高生暴行事件も朝の4時だったそうです。朝の4時ごろに街中をうろうろしている女性や女子高生は何をやっていたのでしょうか。でもテレビはこの時間については全く報道しないのです。[22]
とテレビの偏った報道と被害女性の動向を批判したが、被害女性を批判した点についてツイッターユーザーからは「セカンドレイプ」だとの非難や「ツイート内容に誤りがある」との指摘がなされた[23]

在任中の主張・動向[編集]

安全保障など政治問題に対しても直接的な発言をすることで知られる[24]。「航空自衛隊幹部学校幹部会の隊内誌『鵬友』でも「航空自衛隊を元気にする10の提言」(連載全4回 2003年7月号から04年9月号まで)、「日本人としての誇りを持とう」(07年5月号、幕僚長着任後)など、侵略の意図を否定し、“正しい歴史認識を”と繰り返し主張し続けている」と日本共産党の機関紙しんぶん赤旗は報じている[25]

名古屋高裁の傍論に対する発言[編集]

自衛隊のイラクでの活動に対する違憲の確認と派遣の差し止め、及び損害賠償を求める訴訟に対し、名古屋高等裁判所青山邦夫裁判長)は控訴人の請求はいずれも不適法であるとして棄却を言い渡したが、傍論として航空自衛隊の一部の活動を違憲[26]とする見解を示した[2] [3]。同判決について、原告側は判事の「傍論」を以って「実質勝訴」だったという見解を記者会見の場で示している[27]

当時航空幕僚長を務めていた田母神は、2008年4月18日の定例会見で判決が現地で活動する隊員に与える影響を記者から問われると、「純真な隊員には心を傷つけられた人もいるかもしれないが、私が心境を代弁すれば大多数はそんなの関係ねえという状況だ」と発言した[28]。この発言が報道で取り上げられたことに対し、後日「表現が不適切であり、判決自体には異論を述べる趣旨ではなかった」と釈明している[29]。田母神によれば、この発言の意図は笑いを取るつもりであったが、一部のマスコミから「危険人物」と言われてしまったという[9]

当時の防衛大臣石破茂が当時流行していたお笑い芸人小島よしおのギャグを意識して言ったのではないと本人から聞いたということや、会見録からも茶化して言ったという感じではないということを衆議院安全保障委員会で弁解している[30]。ただし、一種の舌禍事件となったため本人の意図に関係なく「そんなの関係ねえ」との発言のフレーズだけが、その後も多くのマスコミで繰り返し引用され[31]報道された。

国会でのこの発言に関する質問主意書が提出されたが、政府は、国側勝訴の判決と説明を加えた上で、憲法九条に違反するとの傍論の部分は「判決の結論を導くのに必要のない傍論にすぎず、政府としてこれに従う、従わないという問題は生じないと考え」ており、田母神の発言は「政府と同様のこのような認識に立った上で〔中略〕必ずしも正確な表現ではないが、自らの言葉でこのような発言をしたものと承知している。また、防衛行政については、シビリアン・コントロールの下、法令に基づき、適切に行われている。」と答弁している[32]

なお、田母神は退官後の12月21日に名古屋でおこなった記者会見の際にも高裁判決について「全く関係ねえです」と再度発言し、更には直後の日本世論の会愛知県支部主催の講演で「あの時に『オッパッピー』までやっておけばよかった」、「侵略国家との誤った歴史観を改めなければならない」[33]と述べた。

クラスター爆弾について[編集]

使用後不発弾が大量に発生する事が問題視されていたクラスター爆弾に対し、田母神は2007年5月25日の記者会見で、日本の長い海岸線を防御するのに有効であると発言[34]したがそのなかで「クラスター爆弾で被害を受けるのは日本国民。国民が爆弾で被害を受けるか、敵国に日本が占領されるか、どちらかを考えた時、防御手段をもっておくべきだ」とした。

東京大学・五月祭にて[編集]

2008年5月24日、現職の自衛官として初めて、東京大学五月祭にて安田講堂で、「極東の軍事情勢と21世紀における我が国の針路」というテーマの講演を行い「将来リーダーとなる東大の学生の皆さんは高い志を持って燃えて欲しい。上が燃えないと組織は不燃物集積所になる」などの発言をした[35]。この講演に先立ち、講演がおこなわれることを知った石破は上記の「そんなの関係ねえ」発言を受け、「いいですか。あなたは一個人、田母神俊雄ではありません。私の幕僚です。政府見解や大臣見解と異なることを言ってはいけません。いいですね」と釘を刺した[36]

核武装発言[編集]

アパグループ元谷外志雄代表と親交があり、政界や言論人が集う「日本を語るワインの会」に参加していた。2004年9月15日、会合に出席した航空総隊司令官(当時)の田母神は「中国に対抗する勢力を作り、それを中国に認めさせるためには、日本が自立した国となり核武装を行うことが必要なのかもしれない」「最初から『日本は核武装を絶対しない』と宣言するのは馬鹿げたことだ」などと発言したことが明らかになっている。この会合には民主党幹事長(当時)であった鳩山由紀夫(後に第93代内閣総理大臣)と妻のも参加している[37]鳩山由紀夫#核武装議論(容認→絶対反対)を参照)。また、この時元谷が語った歴史観と後述の田母神の論文の内容と酷似していたとの指摘[38]もある。

WiLL』への寄稿では「NATOの枠組みの中で行われ、NPT体制下でもすでに機能しているニュークリア・シェアリング・システムは、日本の国状にあった方法であり、『核をシェアできないなら、日本は独自で核を持つぞ」とアメリカに迫る交渉カードになる』と論じている[39]

後述の2009年8月の講演でも「核兵器を廃絶しても平和が来るとは思っていないし、核廃絶自体も現実的には困難だと思う。」という認識を示し、「核兵器は非常に悲惨な被害を及ぼす。それゆえ双方が報復を恐れる。核戦争には勝者はいない。つまり核兵器は先制攻撃に適さず、あくまでも報復の恐怖を背景とした抑止の兵器である。」や「日本は核保有を議論する事すら許されないが、3度目の核被害に遭いたくないから核武装をするという論理はおかしくない。当然アメリカや中国は反対するだろうが、それに対し粘り強く交渉し勝ち取っていくのが外交である。」と述べている[40]

2009年8月6日に広島で行った「広島の平和を疑う」という講演では、「核の悲劇を繰り返さないために、日本は核武装すべき」と主張した。

最優秀藤誠志賞受賞論文[編集]

趣旨[編集]

「日本は侵略国家であったのか」

受賞決定[編集]

田母神は、2008年10月31日アパグループ主催の第1回『「真の近現代史観」懸賞論文[41]に応募した「日本は侵略国家であったのか[42]が最優秀藤誠志賞を受賞。「我が国はコミンテルンに動かされた蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」「張作霖列車爆破事件も(中略)少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。コミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている」「日米戦争はルーズベルトによる策略であった」「諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。」「アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速し、日本の伝統文化が壊されていく」とする説を展開した。なお、週刊新潮朝日新聞など一部マスコミから、主催者と懇意にしていたため出来レースで受賞したなどと報道されたため、「金のために論文を書いたわけではない」として、12月8日に開かれた表彰式においては賞金300万円の受け取りを辞退し、賞状のみを受領している。

公表後の波紋[編集]

田母神論文は「大東亜戦争は侵略戦争ではなく、中華民国アメリカを操ったコミンテルンによる策謀が原因である」と主張する、いわゆる陰謀論であった。マスコミ等で、この論文の主旨が政府見解(村山談話小泉談話)と異なる歴史認識とされ、それを外部に発表したこと、自衛隊最上層部への申請なく応募したとして、田母神は、浜田靖一防衛大臣から航空幕僚長の職を解かれて航空幕僚監部付となったうえで、60歳定年が適用され、11月3日をもって自衛隊を定年退官する事態となった。 浜田はこれについて、田母神が自ら辞職する意志もなく、また処分手続きに協力する見込みもないことから、田母神の空幕長としての定年である2009年1月21日までに懲戒手続きが終わる見込みがないため、早期に田母神を処分するためであったと説明している[43]。また、浜田靖一防衛大臣は、本件「懸賞論文は、先の大戦を巡る認識について、村山談話などに示されている政府見解と明らかに異なる認識が示されるとともに、憲法との関係でも不適切な部分がある」ことを理由として挙げている[43]

日本テレビが行った電話によるRDD方式(乱数計算を基に電話番号を発生させて電話をかけ、応答した相手に質問を行う)世論調査では政府の田母神に対する更迭措置に対し、「適切だと思う」が約60%、「適切だと思わない」が約22%と、更迭を肯定する数字が高かった[44]

田母神論文は事実認識に誤りがあると評され[45]、引用元である『盧溝橋事件の研究』の著者秦郁彦からは、「論文は事実誤認だらけだ。通常の懸賞論文コンテストなら、選外佳作にもならない内容だ」「事件の1発目の銃弾は(旧日本軍の)第29軍の兵士が撃ったという見解には触れもせず、『事件は中国共産党の謀略だ』などと書かれると誤解される。非常に不愉快だ」と批判されている[46]。防衛省関係者では、元防衛大臣の石破茂は田母神論文について「文民統制の無理解によるものであり、解任は当然。しかし、このような論文を書いたことは極めて残念」と自身のブログで見解を示している[47]他、防衛庁出身の評論家である太田述正は、「田母神氏の論文は、典拠の付け方や、典拠の選び方一つとってもシロウトの域を出ていません。しかも、内容的にも論理が首尾一貫していない箇所が散見されます。遺憾ながら、彼は、大将クラスの軍人のグローバルスタンダードに達していない無能な人物である、と申し上げざるをえないのです。」と批判している[48]。一方、懸賞審査委員長を務めた渡部昇一や、西尾幹二などの田母神に近い歴史観を持つ保守系言論人が『WiLL』誌上などで弁護する論陣を張った。また与党の自民党の国防議員の集まりでは田母神を擁護する声が相次いだという。その中に村山談話に縛られたくない議員がおり、それに意を強くした田母神が今回の行動に出た可能性もあるとの指摘[49]もある。

インターネットのアンケート[50]テレビ朝日の「朝まで生テレビ」での視聴者アンケートでは、田母神論文の内容についておよそ6割~8割弱が田母神論文を支持するという結果が出ている(ただし、一部のアンケート結果の信憑性については、週刊文春が「ヤフー・アンケート」で田母神への支持が58%に上った事に関してヤラセであったと報道するなど、一部で疑問の声も上がっている[51])。

また、田母神の支持者[誰?]からは「『言論の自由』は隊員にはないのか」という批判も発生したが、自衛隊法六十一条によって[52]隊員の政治活動は制限されており、政治的表現を持つ言論には制限がある。また、防衛省改革会議に防衛省から提出された資料では「自衛隊員が、有する経験や専門的知識に基づき適切な形で意見を述べることは、我が国の安全保障にとって必要なことであると考えている。」としながらも「しかしながら、いかなる場合でも、自衛隊員、特に航空幕僚長のような幹部は、その社会的立場に留意し節度ある行動をとることは当然である。実力組織である自衛隊を運用し、任務を遂行するという重い責任を有している自衛隊員は、自らを格別に厳しく律する必要がある」とされており、自衛官、特に幕僚長という立場の重さを強調している[53]。田母神は、「政府見解による言論統制はおかしい」として「言論の自由」を繰り返し主張しているが、それに対し言論の自由は民主国家における基本的人権の一つであるが、もともとは弱者の言論を守るための権利であり、影響力の高い地位にいる人が、その力を後ろ盾に自説を吹聴するために持ち出す論理ではない、との指摘[49]もある。

田母神は2008年10月31日付で航空幕僚長を解任され、同年11月3日付で航空自衛隊を退職した。

田母神と同様に発言が原因で自衛隊要職を解任された高級幹部に統合幕僚会議議長 (当時) の栗栖弘臣がいる。

航空自衛隊幹部自衛官のサークル航空自衛隊幹部学校幹部会「鵬友」発行委員が発行する『鵬友』第29巻第6号(平成16年3月号)に寄稿した「航空自衛隊を元気にする10の提言」パートIIの内容で「身内の恥は隠すもの」と記している。

2008年12月、防衛省は「文民統制の面から重大」とする報告書をまとめ、当時の人事教育部長らを注意処分とした。

2009年11月11日、防衛省防衛監察本部は、「真の近現代史観」懸賞論文に航空自衛官97人が応募していた問題について「航空自衛隊が組織的に一民間企業の活動に協力したと見られても仕方なく、行政の中立・公正性の観点で慎重に検討しておらず適切ではない」「航空幕僚監部から数多くの部隊に懸賞論文への応募を促し、第6航空団や航空救難団では組織として、あるいは職務命令により応募させたと考えられるものもある」との監察結果を公表した。

退職後の発言[編集]

講演活動[編集]

「日本の侵略戦争説」を否定するという自衛官にとっての「タブー」に挑戦したことで保守派や右翼を中心に人気が高く、退官後は多くの講演に招かれている。2009年2月の講演回数は24回/月に及んだ[54]。田母神は自身の人気について「日本が謝罪ばかりしていることに『何かおかしい』と感じていた多くの国民が、私の発言にストンと心に落ちるものがあるのでは」との考えを語っているほか、「日本には反日的な言論の自由はあるが、親日的な言論の自由はない」と述べている[54]

この主張については自著の中でも言及しており、「日本には反日的言論の自由は無限にある。日本のことをいくらでも悪く言うことができるし、それによって国会が紛糾することもない。一方、親日的言論の自由は極めて制限されている。特に自衛隊に関することと歴史認識については言論が封じられ、言っただけで問題を引き起こす。今回の私の論文がその典型である。問題になるのが分かっていて何故言うのかという疑問があるだろう。それは、問題にしないということは少しずつ反日に同調するということを意味するからだ。これまでの歴史の推移を見れば、それは明らかである。そのとき少し譲歩して収めたとしても、次回はもっとつらくなる。もっと言論が不自由になる。この繰り返しでは日本はやがて崩壊してしまう」と述べている[55]

田母神は、敵のミサイル基地を攻撃することや、核兵器について、自衛隊に所属していたあいだは議論すること自体が難しいとも感じていた。攻撃能力や核兵器保有を決定するのは政治であるが、議論することすらも許されないであれば日本は独裁国家と同じであると断じている。

退官後の生活について週刊誌のインタビュー[56]、に、講演や著書執筆などで多忙の日々を送っており、趣味のゴルフに出掛ける機会もめっきり減ったと語った。当記事では田母神の退官後の推定年収は現役時代の約4倍に達する勢いと言う。また、自著の『田母神塾』において、複数の政党や政治関係者などから出馬要請を受けたが、本人にその意思はないと断っているとの記述がある。

田母神は「私は心底国家国民の将来を思って、問題とされる論文を書いた。今の自虐史観が払拭されなければこの国は駄目になってしまうという危機感を抱いている。しかし私の国家国民への熱い思いへの回答は、私の更迭というものであった。そして保守政党『自由民主党』は、またも保守政党から遠い政党になってしまった。また少し左に寄ってしまった。自民党は、今後さらに強力に村山談話を奉っていくことになるだろう。しかしそれでも私はこの国の将来に希望を捨てていない」と述べている[57]

2009年8月2日幸福実現党大川きょう子(当時、宣伝局長)との対談記事が全面広告として産経新聞に掲載される[58][59]。この中で田母神と大川は「日本には軍事に関する言論の自由がない」[58]国連中心主義はおかしい」[59]等と主張した。対談の最後に田母神は大川に「(第45回衆議院議員総選挙での)ご健闘をお祈りしています」と述べた[59]。なお、選挙期間中に幸福実現党が新聞各紙に掲載した大川隆法による文章では、靖国神社問題と絡めて田母神を擁護する内容[60]もあった。

防衛大学校長に対する反発[編集]

また、同日発行のフライデーで田母神は「2年前に五百旗頭真防衛大学校長が、新聞紙上で自衛隊のイラク派遣反対の意見や小泉総理(当時)の靖国神社参拝反対の意見を公表しました。防大校長も自衛隊員ですが、その発言の責任を問われる事はありませんでした」と反発した[61]

西原正は校長在任期間中に小泉首相の私的懇談会「対外関係タスクフォース」に参加しており、当時の五百籏頭真校長も福田内閣の外交政策勉強会、防衛省改革会議に参加するなど政策提言者としての行動を行っている。なお、2004年3月の海上自衛隊幹部候補生学校の卒業式では石破茂防衛大臣は「自衛官は政治に関与してはならないが、政治に対して関心を持つべきだと私は思う。 (略) 専門的な立場で意見を申し述べることは諸官の権利であり、同時に民主主義国家における自衛官の義務だと思っております。」(「文藝春秋」2009年1月号)と述べている[62]

自衛隊からの支持[編集]

2008年12月23日日本会議熊本が主催して熊本市内で行われた「村山談話の撤回を求める熊本県民集会」講演で「制服自衛官の99%が私を支持していると思う」と主張した[63]

自民党議員からの支持[編集]

2009年2月19日日本の前途と歴史教育を考える議員の会に招かれて自民党本部で行った講演では、改めて自分の正当性を主張。石破から“空幕長ともあろう人があんな偏った歴史観では困る”と苦言を呈されたことに触れ「偏っているのはあなただと言いたい」と発言。更迭についても「辞表を書かなかったのは『ごめんなさい』と言いたくなかったからだ。一部調査では6~7割が私を支持しており、もう少し頑張った方が良かったかもしれない」と強調。出席者からは「そうだ」「興味深い話を聞いた」と賛同の声が上がったという[64]

同年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙に際しては元財務大臣中川昭一の選挙応援にかけつけていた[65]。自身が自民党から自衛隊OBの目玉候補として2010年の第22回参議院議員通常選挙比例区への立候補を打診された際にはこれを断った[66]が、航空自衛隊OBで松下政経塾塾生の新人候補・宇都隆史を自民党候補として支援する旨を伝えている[66]

産経新聞(2010年4月11日)などの報道によれば、たちあがれ日本代表の平沼赳夫が、結党メンバーとして田母神を入れることを検討していたといい、田母神が参議院選挙の目玉候補として擁立されることも予想されていた[67][68]

拉致問題と国防[編集]

「頑張れ日本!全国行動委員会」代表として講演。2010年2月2日、頑張れ日本!全国行動委員会結成大会[69]

2009年2月28日名古屋の市民サークル若宮会講塾主催の講演会「拉致問題と国防」において、北朝鮮による拉致被害者家族連絡会事務局長増元照明特定失踪者問題調査会代表荒木和博とともに北朝鮮による日本人拉致問題をテーマに名古屋市内で講演し「自衛隊を動かしてでも、ぶん殴るぞという姿勢を(北朝鮮に)見せなければ拉致問題は解決しない」と述べた。田母神は記者会見で「『ぶん殴る』とは具体的には何か」と質問されると「自衛隊を使って攻撃してでもやるぞという姿勢を出さないと、北朝鮮は動かない」と答え、軍事オプションを圧力の一環として威嚇することの重要性を主張した[70]

在日朝鮮人のメディアである朝鮮新報の報道によれば、上記の田母神の発言に対して3月10日北朝鮮の国営朝鮮中央通信が非難したと報じた。それによれば田母神を「日本軍国主義勢力の代弁人を自称し、内外の糾弾にさらされている極悪な右翼反動分子」だと指弾し、この発言を「反朝鮮対決と戦争の狂信者だけが吐くことのできる許しがたい暴言」「朝鮮半島をはじめアジアと世界を征服しようとする日本の反動層の再侵略野望が頂点に至っていることを示すもの」「朝鮮の自主権に対する挑戦、アジアの平和と安全に対する脅威」などと指摘していた[71][72]

憲法9条に関する発言[編集]

田母神は2008年11月に第170回国会参議院外交防衛委員会に参考人招致された際、「集団的自衛権を認めるべき」とする改憲論を述べていた。また質問にたった浅尾慶一郎に「集団的自衛権の行使を認めるべきだという趣旨で書かれたのではないということですか」と問われたのに対し、田母神は「特にそこまでは訴えておりません」としつつも「国を守ることについて、これほど意見が割れるようなものは直した方がいいと思います」という答弁をしている。

2009年5月2日日本青年会議所大分ブロック協議会で開催された護憲派、改憲派[73]による憲法タウンミーティングで、改憲派として参加した。ここで田母神は現行憲法を「何がやりたいか明確でなく、自分の身も守れない永久子ども憲法だ。今のままでは国益を守れない」や「軍人は好戦的と言われるが、自分の部下を死なせたくないから、戦争には慎重だ」と述べ、「憲法9条に『陸海空軍はこれを保持する』と書いたらいい」など日本の現状に即した独自の改憲論を主張した[74]

広島における講演騒動[編集]

日本会議広島支部(会長・松浦雄一郎広島大学名誉教授)の主催で2009年8月6日原爆忌当日に広島市中区のメルパルク広島で「ヒロシマの平和を疑う」との題目で講演を行うことが計画された。これに対し6月29日広島市長秋葉忠利は、日本政府に核武装を主張している田母神が原爆の日に被爆地で行う講演を問題であると講演日程の変更を求め[75]、正式に田母神側に要請書[リンク切れ]を送付した。

これに対し主催者からは、「とても過激な過剰な反応だと思う」「あたかも圧力をかけるようなやり方は理解できない」などと反発し[76]、「話を聞く前から拒否反応をするのは間違っている」や「核武装の議論をするが、核武装を主張するための講演ではない」と反発[77]したが、田母神が6月20日に広島の新聞社[75]に対し「核兵器は絶対に使われることのない兵器だが、持つか持たないかで国際的な発言力は全然違う。日本のために核兵器を持つべきだと考えており、講演ではそこに触れる事になると思う」と、講演で核武装論に触れる予告をしていたことが明らかになった。

講演は予定どおり8月6日に開催され[78]、当日は会場に入りきらず別室でモニターで視聴したものを含め主催者発表で1400人が集まったが、講演会ではジョークを交えサービス精神旺盛なところを見せて[79]持論を主張した。その中で核廃絶は夢物語であり無理であるが、核保有国は報復が恐ろしいので使用することはないだろうと核抑止についての講演を行った。

福島第一原子力発電所事故に関する発言[編集]

東京都で2011年7月末に開かれた『福島支援シンポジウム』で、菅内閣の原発対応に対して「危ない危ないと言われるが、実際そんなに福島の放射線は危なくない。原発の上を飛ぶカラスが落ちましたか。原発近くの海で魚がどんどん浮きましたか。危なくないということがだんだん実証されてきている」と述べている[80]。そして、福島第一原子力発電所放射線の危険性に疑問を投げかけ、「私は原発推進派。一流の国を目指す上で原発は必要」と主張した[81]。また、稲恭宏の「自然界の世界平均の数倍から数十倍くらいの極低線量率放射線・極低レベル放射能は人間や各種生物の生体機能にとって有益である」とする学説を頻繁に紹介し、当時の民主党政権による福島県民への強制避難指示を「平成の強制連行」と主張している[82] [83]。 なお、これらの考えをきっかけに、原発に批判的な考えを持つ小林よしのりとは、対立することになった[84]。その後も、「福島の『汚染水』レベルの水は欧米では飲食用水なのです。これも情報戦です。」との見解を述べている[85]。また、福島県の放射能避難者に対しては「人の支援を得て避難することが当然という風潮はおかしい。自分で勝手に避難しろと言いたい。甘えるな。」と述べている[86]

フジテレビ抗議デモ[編集]

フジテレビ抗議デモに参加しフジテレビに抗議書を提出する田母神(2011年8月21日)

フジテレビが偏向報道を行っているとして、2011年8月21日フジテレビ抗議デモに参加しフジテレビに抗議書を提出した[87]

在日米軍兵士による事件[編集]

2012年10月16日に在日米軍兵士による集団強姦事件が発生。10月20日、自身のツイッターにて「沖縄女性暴行事件でテレビが連日米兵の危険性を訴えるが、この事件が起きたのは朝の4時だそうです。平成7年の女子高生暴行事件も朝の4時だったそうです。朝の4時ごろに街中をうろうろしている女性や女子高生は何をやっていたのでしょうか。でもテレビはこの時間については全く報道しないのです」と投稿。平成7年の沖縄米兵少女暴行事件の発生時刻は朝4時ではなく夜8時であり、そもそも女子高生ではなく女子小学生である。また、10月16日の事件の時間もテレビで報道されていた。間違った情報の上、被害者に非があるとも取れるこの投稿は「セカンドレイプの上にデマまで流すのか」などと批難が殺到した。田母神は、この件について、弁明も謝罪もしていない[88]

体罰・いじめ[編集]

2013年2月15日、自身のツイッターで、体罰やいじめ問題をマスコミが取り上げることについて「背景には強い者は悪く、弱い者が正しいという左翼思想が存在しているのです。日本弱体化進行中」と発言した[89]

2014年東京都知事選挙[編集]

デヴィ夫人の応援演説を受ける田母神(2014年2月6日)

2014年1月7日、田母神は2014年東京都知事選挙に無所属での出馬を決めた[90]出馬会見には石原慎太郎加瀬英明すぎやまこういち中山成彬西村眞悟らが出席[91][92]。1月12日に秋葉原で行われた街頭演説会では駅前に大勢の聴衆が集まる中、首都直下型地震に対応する防災対策、都民の暮らしや福祉の基盤となる都市の安全な街づくりの重要性を訴え、時折り心臓に拳を当てる仕草を行った[93]

支持者[編集]

政治家[編集]

大学教授[編集]

実業家[編集]

評論家・芸能人など[編集]

主要政策[編集]

以下のような政策を掲げている。

批判・懸念など[編集]

中国共産党からの批判[編集]

中国共産党中央委員会機関紙『人民日報』国際版の環球時報は、2014年1月7日の記事で田母神について「田母神は靖国神社を参拝し国防軍の創設や軍備拡張を主張し我が国に極めて不利益」「日本の良心的なマスメディアと協働し都知事当選を阻止すべき」[101]「自国の侵略の歴史を認めないことで悪名高い右翼の人物」「わが国を敵視する田母神氏は公然と中国脅威論を喧伝する人物」と論じ、第2次世界大戦後における“日本の自虐史観”を改めなければならないと主張している田母神は靖国神社参拝を支持し、国防軍の創設や軍備拡張を主張している人物だとして、都知事選への出馬に警戒感を示した[102]

民主党議員による懸念[編集]

民主党衆議院議員小川淳也は、2014年2月19日予算委員会において、都知事選で610,865票を獲得した田母神俊雄について「特異な主張をしていた候補だと私は見ていたが、相当数の得票を得た。世論の一定の支持があることを大変、私は不気味に懸念し心配している」[103]と述べ、田母神に投票した有権者に懸念を示した。

支持者の公職選挙法抵触への警告[編集]

都知事選挙の期間中には、田母神陣営の応援を行っていたデヴィ・スカルノ(デヴィ夫人)が、警視庁から公職選挙法違反の疑いで警告を受けた[104]。デヴィ夫人は、同年2月7日付の自身のメールマガジンで、登録者に向けて「『田母神 俊雄』と書いて、必ず投票所に行ってください」と投票を呼びかけた。この行為は公職選挙法第243条第1項第3号の2に違反する「選挙運動用電子メールの送信」に当たり、処罰される(同法第252条第1項・第2項)[105][独自研究?]

著書[編集]

共著・対談・編著

論文[編集]

出典[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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