田崎俊作

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田﨑 俊作(たさき しゅんさく、1929年2月18日 - 2011年4月26日[1][2])は、株式会社TASAKI創業者。日本真珠振興会会長、神戸ファッション協会会長などを務めた。長崎県出身。

人物[編集]

家業は真珠養殖業。海軍兵学校在学中に敗戦。 1956年に田崎真珠商会(後の株式会社TASAKI)を設立し、1970年代に真珠の量産に成功した。真珠の養殖・加工・販売を自社で行い、国内真珠最大手の会社に育てた。1975年には、重度身体障害者の自立のため、長崎県大村市に社会福祉法人大村パールハイムを設立した[3]

2011年4月26日、多臓器不全のため神戸市東灘区の病院で死去。82歳没[2]

学歴[編集]

職歴[編集]

  • 1950年 - 鄭旺真珠有限公司(神戸市)入社。
  • 1956年 - 田崎真珠商会(後の株式会社TASAKI)設立。
  • 1985年 - 同社を大阪証券取引所二部に上場。
  • 1993年 - 同社を東京証券取引所一部に上場。

著書[編集]

  • 『ゴーイング・マイ・ウェイ 真珠と共に歩んだ74年』財界研究所, 2003

脚注[編集]

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