田山雅充

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田山 雅充(たやま まさみつ、1948年12月2日 - )は、日本のフォークシンガー

プロフィール[編集]

生い立ち[編集]

東京都目黒区生まれ。幼少時代、テレビドラマ(乙羽信子主演「ママちょっと来て」、「独眼竜政宗」他)、映画「モスラ」に子役で出演。

若い頃、新しいドラムセットが欲しくて(賞金目当てで)[要出典]浜口庫之助が審査員を務めるテレビの「素人のど自慢番組」に出演。自作の曲をギターの弾き語りで歌って3週勝ち抜き、賞金を獲得した。それが縁となり浜口に師事、作曲を学ぶ。その間、浜口が手がけたにしきのあきららに作品も提供した。

後に作詞家・千家和也の事務所に招かれ、演歌の作曲も手がけるようになる。おさだたいじに『妻あるあなたに』(1972年)という楽曲を提供する。

歌手デビュー[編集]

歌手デビューは1974年、コーラスグループ「赤い花」のメインボーカリストとして、当時の資生堂キャンペーンソング『赤い花みつけた』(ポール・ウィリアムズの作品の日本語訳詞曲)をキャニオンレコード(現ポニーキャニオン)からリリース[1]。そのB面の『今愛の中で』(中里綴・作詞)では作曲を手掛けた。またこのグループには新生五つの赤い風船メンバーでもある青木まり子も在籍。

その後、同じキャニオンレードより男女デュオ「たやまと夕子」でシングル『雨の交差点』、アルバム『暮れそで暮れない黄昏どきは』をリリース。このアルバムがCBSソニーの当時のディレクターだった酒井政利が注目。このアルバムに収録されていた曲『人恋しくて』が南沙織のシングル曲ともなり(この曲は、前述の『今愛の中で』と同じ中里綴・作詞、田山作曲によるもの)、この曲は1975年第17回日本レコード大賞歌唱賞受賞曲となった。

田山自身のソロ・歌手としてのデビュー曲は、『春うらら』(1976年)に決定。この『春うらら』は当時数多くあった音楽祭(TBS東京音楽祭』、文化放送新宿音楽祭』、ニッポン放送銀座音楽祭』、FM東京『FMリスナーズ・グランプリ』)の受賞曲に、それぞれ選出される。特にその当時TBSが主催していた「第5回東京音楽祭世界大会」では、「THE BEST JAPANESE ARTIST(外国審査員団賞)」を受賞した(この回のグランプリ受賞はナタリー・コール)。

3枚目のシングル『愛することから始めてみませんか』は、この1976年当時TBSテレビで放送されていた「白い秘密」(田宮二郎主演、片平なぎさの女優転向第一作作品)の主題歌となった。

作曲家として[編集]

ほか田山は自ら作曲家として南沙織の『人恋しくて』、『気がむけば電話して』(1976年)を筆頭に、太田裕美アグネスチャン小林麻美中森明菜芹洋子狩人荒川務塚田三喜夫など、沢山の歌手に作品が提供されることとなる。

また、作曲家としてTBSのアニメ番組「まんが日本絵巻」(1977年)の主題歌『なんじゃらもんじゃら』、NHKの音楽番組「歌はともだち」の主題歌『なにしてる』(田中星児)の他、NHK「おかあさんといっしょ」の童謡(「おおきなくちあけて」「わらいごえっていいな」「きめたきめた」「ムギューだいすき」など多数)も手掛けた。

TVのCM曲では武田薬品工業アリナミンA」や阪急百貨店亀田製菓など多数を手掛け、自ら歌った曲がオンエアされた。演劇・映画界においても、石橋蓮司緑魔子率いる劇団「第7病棟」では、その前身である劇団「桜社」設立から現在に至るまで音楽プロデューサーを務め、同劇団の直近作の2000年公演「雨の塔」でも劇中歌など全曲を作曲・プロデュース。1970年には緑魔子主演・東陽一監督の映画「やさしいにっぽん人」(東プロ)の音楽を担当している。

歌手活動再開など[編集]

1977年には「NHKフォーク・フェスティバル」に“時代を象徴するミュージシャン4名”に選出され出演。共演はハイファイセット大橋純子松任谷由実。当日の模様はテレビ・FMでも放映された。また1976 - 1978年にかけては、ラジオ関東(現アール・エフ・ラジオ日本)の深夜番組「真夜中のコーヒーブレイク」のパーソナリティーを作詞家の中里綴と共に務めていた。また1981年1~3月の3か月間、NHK・クイズ番組連想ゲーム」のレギュラー解答者(5枠)で出演していた時期もある。

しかし、その後、所属レコード会社制作サイド内での覇権争いの犠牲となり、制作の完成したアルバム発売が見送られたり、担当プロデューサーが刑事事件(この事件でコンビを組んでいた作詞家中里綴が他界)を起すなど不運が度重なった[2]。結果、1980年代以降、表舞台では姿を見る機会が殆どなくなっていた。

そのような中でも、劇団第7病棟女優の田所陽子との“作詞(田所)作曲(田山)ユニット「HIP」”の自主制作アルバムをリリース(1989年)するなど、地道な創作活動は継続。引き続きNHK「おかあさんといっしょ」への作品提供も行われていた。

そして2004年、歌手活動再開を決意。旧友のミュージシャン濱田金吾(元クラフト)らの音楽的支援を受け、活動を再開。東京・名古屋・沖縄(石垣島)などで定期的にライブ活動を行っている。

2005年、そのライブ会場(第1回銀座モナリザライブ)で、田山は「春うらら」の作詞者である最首としみつと20数年振りに再会。それ以降、二人による新作がライブでも発表されている。その新作のひとつである「カラス」は青木まり子のニューアルバムにも収録されている。

現在[編集]

2015年より徳島県美馬市脇町の古民家に移住。近在のアマチュアミュージシャンに呼びかけ、当地の史跡「うだつの町並」で毎日曜日にストリートライブのプロデュースを開始(この催しは2016年現在も継続中で、美馬市やつるぎ町・阿波市・徳島市など県内はもとより、四国各地からもミュージシャンが訪れ演奏するようになっている)。

自宅で妻が起業したシフォンケーキ店(焼菓子工房ムギュー)を手伝う傍ら、自らも作詞・作曲・ギター・ボーカル等を教える「シンガーソングライター・田山塾」を開講。一方で「チューリップ祭」「ひな祭り」「そばの花まつり」等の祭りや、市の観光交流センター開所式等、地域の催事に出演。

また「美馬フォークジャンボリー」「アエルワロビーコンサート」「パパラギライブ」等近隣ミュージシャン主催のライブに多数参加。2016年には熊本地震支援チャリティーの複数のイベントにも参加するなど精力的に活動を続けている。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

  • 春うらら(1976年2月26日)
  • 嗚呼
    • 作詞:最首としみつ/作曲:田山雅充/編曲:船山基紀
  • 愛することから始めてみませんか(TBSテレビ連続ドラマ「白い秘密」主題歌)(1976年10月25日)
    • 作詞:中里綴/作曲:田山雅充/編曲:船山基紀 オリコン最高位96位
  • 紅葉(1977年7月)
    • 作詞:中里綴/作曲:田山雅充/編曲:田山雅充
  • 夢うつつ(1977年11月)
    • 作詞:最首としみつ/作曲:田山雅充/編曲:松井忠重
  • 夜露
    • 作詞:中里綴/作曲:田山雅充/編曲:船山基紀
  • 巡恋譜
    • 作詞:中里綴/作曲:田山雅充/編曲:松井忠重
  • てるてる坊主
    • 作詞:中里綴/作曲:田山雅充/編曲:松井忠重

アルバム[編集]

  • 風裸風裸-春うらら(1976年3月25日)オリコン最高位66位
  • 風裸風裸-嗚呼
  • 紅葉-風裸風裸-3枚目

楽曲提供[編集]

映画[編集]

脚注[編集]

  1. ^ CMで同曲を歌ったのは小坂忠だった(ON・アソシエイツ ベスト・セレクション第2弾! - HMV ONLINE)
  2. ^ 日刊ゲンダイ「復縁迫る前夫にメッタ刺しに…元アイドル江美早苗の“不運”」 http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geinox/139254/

外部リンク[編集]