田子の浦

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田子の浦田子ノ浦(たごのうら)は、駿河湾西沿岸を指す名称である。万葉仮名では田兒之浦とある。

概要[編集]

田子の浦橋、1886年にアドルフォ・ファルサーリにより撮影された写真

「田子の浦」の名は、万葉集に納められた山部赤人の以下の和歌に登場することで有名である。

田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける(読み下し文)

万葉集では「田兒之浦」と表記され、また『続日本紀』では多胡浦とある。これらの事実から、田子の浦は以下の2つの意味がある。


  1. 万葉集を代表とする古史料に見られる「田子の浦」
  2. 現在の静岡県富士市の「田子の浦港付近」


古来の田子の浦は、静岡県静岡市清水区薩埵峠の麓から倉澤由比蒲原あたりまでの海岸を指す[1]。例えば『続日本紀』には「廬原郡多胡浦浜」とあり、古来の田子の浦が庵原郡に存在していたことが示されている[2]。富士市の田子の浦港付近と混同されやすいことから、「山部赤人の歌の田子の浦は蒲原付近である」とあえて明記する例も多い[3]。富士市の現在の田子の浦港付近と必ずしも一致しないという実情は、地元の郷土会などでも認識されている[4]。 現在は富士市の田子の浦を指して用いられることが多く、その湾港である田子の浦港は富士市の製紙業を支え、1960年代から1970年代にかけては田子の浦港ヘドロ公害で全国的に有名になった。

脚注[編集]

  1. ^ 久保田淳,『富士山の文学』P21-23,文藝春秋,2004
  2. ^ 新日本古典文学大系14 続日本紀 三』,岩波書店,1992年
  3. ^ 『静岡県史跡名勝誌』(大正11年刊の復刻版),羽衣出版,1992
  4. ^ 吉原ロータリークラブ会報 (PDF)

関連項目[編集]