田口年信

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田口 年信(たぐち としのぶ、慶応2年〈1866年〉‐ 明治36年〈1903年8月22日)とは、明治時代浮世絵師

来歴[編集]

月岡芳年森寛斎深田直城川端玉章の門人。本姓は白井、名は勝沅。俗称信次郎。はじめ修斎、鮮中舎、国梅、芳年の門人になってからは年信と称す。丹波国亀岡藩士白井勝承の子として生まれ、後に田口家の養子になる。作画期は明治16年(1883年)から没年にかけてで、明治23年(1890年)には大阪に行き、新聞挿絵や講談本の口絵を描く。明治31年(1898年)東京に戻り、玉章に学んで日本画の通信教授をしている。享年38。

作品[編集]

参考文献[編集]