田口とし雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
本来の表記は「田口鋹雄」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。

田口 鋹雄(たぐち としお、1925年9月12日[1] - 2008年1月15日)は日本中央競馬会の元理事。「とし」の漢字は「金」の右に「長」。

経歴[編集]

東京獣医畜産専門学校卒業[1]後の1948年日本競馬会へ入会[1]。1972年時点では業務部企画課長として競馬番組の作成にたずさわっていた[2]中京競馬場長を経て[1]1977年美浦トレーニングセンター場長となり、1980年2月から中山競馬場長、同年10月からは東京競馬場長を務めた。

1981年[3]9月[1]から理事に就任[3][1]し、1986年9月に辞任[4]するまで務めた。1983年には審判担当理事として大橋巨泉と対談している[1]

2008年1月15日に82歳で死去。[要出典]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 「巨泉の激突対談 (9) 田口鋹雄」、『優駿』、日本中央競馬会、1983年10月、 75頁。
  2. ^ 山野浩一「作家リレー特集 (4) 重賞レースの考察」、『優駿』、日本中央競馬会、1972年4月、 16頁。
  3. ^ a b 「サークルだより『人事異動』」、『優駿』、日本中央競馬会、1981年10月、 85頁。
  4. ^ 「ニュース&インフォメーション『日本中央競馬会、10月1日付で人事異動発令』」、『優駿』、日本中央競馬会、1986年11月、 160頁。