田内森三郎

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田内 森三郎(たうち もりさぶろう、1892年明治25年)5月15日 - 1973年(昭和48年)3月17日)は、日本の物理学者水産学における物理学の応用において大きく貢献した。

生涯[編集]

愛知県出身。1914年に東京帝国大学理科大学理論物理学科に入学し、長岡半太郎田丸卓郎寺田寅彦らの指導を仰ぐ。

1920年には現在の東京海洋大学(旧名:東京水産大学)の前身である水産講習所に教授として就任し、研究と教育に従事して水産分野の人材育成に尽力した。なお、田内が水産講習所に着任した際に、同所の物理学教室を実質的に主宰していたのは寺田寅彦であった。また、所内の物理学教室に水産物理談話会を組織するとともに、日本水産学会結成に向けても尽力した。ちなみに、田内は敗戦直後の学会活動が厳しい状況の中で、1950年から東京水産大学教授に就任して、1948年から1966年の18年間にわたり日本水産学会会長を務め、戦後の復興と学会の発展に貢献した。

田内の研究は、漁具・漁法、水産資源、増養殖にまで広く及び、常に物理学的視点に基づく方法によって展開された。

参考文献[編集]