田上穰治

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1953年

田上 穰治(たがみ じょうじ、1907年明治40年)1月12日 - 1991年平成3年)10月21日 )は、日本法学者。専門は公法学憲法・比較憲法・行政法)。一橋大学名誉教授。クリスチャン紫綬褒章受章。

人物[編集]

美濃部達吉の弟子。1935年から美濃部の後任として東京商科大学(現一橋大学)で行政法を講じ、1941年からは筧克彦の後任として憲法も担当した。

クリスチャンであったが、殉職自衛官の訴訟では国側の証人として、宗教上の人格権を否定した。喜寿記念論文集に『公法の基本問題』(有斐閣)、追悼論文集に比較憲法学会編『法と正義-田上穣治博士追悼論文集-』(政光プリプラン)がある。

弟子に長谷川正安名古屋大学名誉教授)、市原昌三郎(一橋大学名誉教授)、杉原泰雄(一橋大学名誉教授)、山内敏弘(一橋大学名誉教授)[1][2]田口精一慶應義塾大学名誉教授)[3]土屋和恵山形大学名誉教授)、熊田通彦新潟大学名誉教授)[4]山野一美(元関東学園大学学長)[5]など。他に金子善次郎(元衆議院議員、元自治省大臣官房審議官)[6]真島一男(元参議院議員、元建設省都市局長)[7]なども田上ゼミ出身。

経歴[編集]

1907年(明治40年)1月12日、静岡県三島市に生まれる[8]。1923年(大正12年)徳島県立徳島中学校卒業[8]。1927年(昭和2年)第一高等学校文科乙類卒業[8]。1929年(昭和4年)12月:高等試験司法科試験合格[8]。1930年(昭和5年)東京帝国大学法学部法律学科卒業[8]、同年4月東京帝国大学助手[8]

1932年(昭和7年)東京商科大学助手[8]を経て、1933年(昭和8年)同大学附属商学専門部講師[8]。1935年(昭和10年)同大学附属商学専門部教授[8]。同年、長男誕生[8]。1938年(昭和13年)同大学助教授[8]。同年、長女誕生[8]。1940年(昭和15年)次男誕生[8]。1942年(昭和17年)同大学教授[8]。1946年(昭和21年)次女誕生[8]。1961年(昭和36年)東京大学から法学博士の学位を授与される(学位論文『警察法』)[8]。1963年(昭和38年)一橋大学法学部長[8]。1970年(昭和45年)同大学停年退官[8]。1970年(昭和45年)同大学名誉教授[8]明治学院大学教授就任[8]。1972年(昭和47年)明治学院理事等を経て、1974年(昭和49年)亜細亜大学法学部教授[要出典]

1972年(昭和47年)紫綬褒章[要出典]。1978年(昭和53年)叙勲二等旭日重光章[要出典]

1991年(平成3年)東京都武蔵野市の自宅で肺炎のため死去[要出典]享年84。

死後、比較憲法学会内に田上穣治賞が設けられた[9]

社会的活動[編集]

  • 高等試験臨時委員
  • 学術振興会学術部第一常置委員会委員
  • 文部省人文科学委員会委員
  • 司法試験考査委員
  • 大学設置審議会臨時委員
  • 検察官特別考試審査会臨時委員
  • 警察三級職員採用試験委員
  • 行政審議会委員
  • 選挙制度調査会委員
  • 教材等調査研究会委員
  • 公務員制度調査会委員
  • 電波監理審議会委員
  • 国家公務員(六級職)採用試験専門委員
  • 大学基準等研究協議会委員
  • 日本学術会議第4期会員
  • 消防審議会委員
  • 国家公務員採用上級試験専門委員(法律)
  • 警察官採用上級試験委員
  • 憲法調査会委員
  • 東京弁護士会資格審査会委員
  • 中央選挙管理会(第二部)委員
  • 公共用地取得制度調査会委員
  • 裁判所書記官等試験委員臨時委員
  • 町名地番制度審議会委員
  • 財政制度審議会委員
  • 公共用地審議会委員
  • 科学技術会議専門委員
  • 海外移住審議会委員
  • 臨時放送関係法制調査会委員
  • 地方制度調査会委員
  • 臨時鉄道法制調査会委員
  • 外務公務員採用上級試験委員
  • 著作権制度審議会委員
  • 河川審議会委員
  • 大学設置審議会専門委員
  • 建築審議会委員
  • 法学、政治学視学委員
  • 国土庁顧問

主要著書[編集]

  • 『法の本質と憲法』(有斐閣、1942年)
  • 『法律による行政』(有斐閣、1942年)
  • 『行政法概論』(有斐閣、1942年)
  • 法律学全集 警察法』(有斐閣、1958年)
  • 『体系憲法事典』(青林書院、1968年)
  • 『日本国憲法原論』(青林書院、1980年)
  • 『行政法要説』(有斐閣、1984年)
  • 『西ドイツの憲法裁判』(信山社、1988年)
  • 『入門憲法』(有斐閣)

脚注[編集]

  1. ^ 市原昌三郎「一橋と公法学-憲法学・行政法学」一橋論叢
  2. ^ 「昭和37年度学位授与論文・博士課程単位修得論文要旨」
  3. ^ 田口精一「浅井清先生への追憶」『法學研究 : 法律・政治・社会』第52巻第11号、慶應義塾大学法学研究会、1979年11月、 123-125頁、 ISSN 0389-0538NAID 120006211905
  4. ^ 昭和36年度学位授与論文及び単位修得論文要旨」『一橋研究』第9号、一橋大学大学院学生会、1962年9月、 57-59頁、 doi:10.15057/6747ISSN 0286-861XNAID 110007621269
  5. ^ 昭和39年度および昭和40年度学位授与・単位修得論文」『一橋研究』第14号、一橋大学大学院生自治会、1967年2月、 70-71頁、 doi:10.15057/6713ISSN 0286-861XNAID 110007621235
  6. ^ [1] 金子善次郎公式ホームページ。
  7. ^ 真島一男「行政事件訴訟特例法第二条の訴願」『一橋論叢』第39巻第3号、日本評論新社、1958年1月、 341-344頁、 doi:10.15057/3847ISSN 00182818NAID 110007636975
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t (日本語) 名誉教授田上穣治先生略年譜, 日本評論社, (1971-01-01), doi:10.15057/2299, https://doi.org/10.15057/2299 2021年12月6日閲覧。 
  9. ^ 比較憲法学会事務局 (2009年10月14日). “田上穣治賞に関する規程”. 比較憲法学会公式サイト. 2021年12月6日閲覧。