生殖器崇拝
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生殖器崇拝(せいしょくきすうはい)は、ヒトの男女の生殖器をかたどった象徴的造形物に、多産、豊穣などをもたらす呪術的な力をみとめ、それに対する信仰、崇拝。性器崇拝とも呼ばれる。
概要[編集]
日本における生殖器崇拝は、その名称として「おしめさま、歓喜天、金魔羅様、金精様(金勢様)、金丸様、陰陽石、瘡神、お祠様、さいのかみ、穴場様、穴婆様、とんび岩」などがあり、その分布も全国的である。また、その象徴を男女で分けると、女陰よりも男根が多い。[要出典]
材料は、木、土、石、瓦、金(鉄、唐金など)などで、自然石、また布製(綿詰)のものもある。男根が御輿をかついだ絵馬、男女両性の性器を支柱に彫刻したものもある。また多くは小さな祠にまつられ、赤い幕などが引き回される。
信仰[編集]
日本風俗史には、東山志を引いて、巻堀の少女は13、14歳になれば、一夜、夢中で襲われることがあり、これは金勢明神の淫瀆によるといい、ある霊人が、この犯罪をにくむあまり鉄の鎖でつないだけれどもこの淫瀆はやまず、時に遊行をなすとあるが、これは初潮と関係があるという。 道祖神すなわち男根を、頭巾をかぶって袋を負い、米俵をふんだ大黒様と結びつけるのは、形状の類似のみならず、生殖神と福の神とが関係深いからであるという。地蔵とも関係深く、東京、不忍池弁天の地蔵の背面は男根形で、前面は陰形である。長野県戸隠神社の参道のかたわらの地蔵祭には、原始的な性交的舞踊がおこなわれるという。[要出典]
- 岩手県岩手郡巻堀の巻堀神社の金精堂は、松前家に嫁いだ花山院右府の姫君に仕えた小磯某が、あるじの死後、松前から京に帰った安永6年の紀行「奥の荒野」にあり、遠くからの参詣が多く、内神として勧請する者が少なくなかった。
- 岩手県和賀郡覚間沢の金勢山の男根像は周囲2尺6寸、長さ4尺5寸ほど、女陰像は卵形で、周囲9尺という。大きいものは1丈にもなるものがある。瘡神といわれるように性病に霊験ある、子のない女性が祈れば子がさずかる、腰の病のあるものが祈れば全治する、これを借りて懐中に温まるまでいれれば妊娠する、念願かなえば倍にして返すなどという。また、遊客を招来する方便ともされ、客が少ないときは荒縄で縛ってひきまわし、打擲して呵責する。ウマの産地の東北では正月16日、ウマに正装させ、板沢のお駒様を参拝させ、ウマの出産のときは男根を持って社前で踊りながら参拝すれば安産であるという。
- 雌岡山(兵庫県三木市)には裸石神社と姫石神社があり、男根が3体、女陰石が一体祀られる。神社に参拝する折には、アワビの貝殻を奉納してゆくため、男根の周辺にはおびただしい数のあわびの貝殻が見られる。山にはに多くのカタクリが自生し、村の娘らは春になると、花摘みに行くと理由付けし裸石神社に参拝した[1]。
- 岡山県児島郡灘崎村の彦崎大日庵の西崖下の小祠には松丸太製、紅殻で赤く染めたものを祀ってある。
- 奄美大島では端午に生殖を祝うため、男根に似た芽巻を神棚に供え、親類に配る。
- 沖縄県糸満には自然石のものが祀ってある。
金精大明神の縁起はさまざまで、たとえば、覚間沢では、ある猟師が突然山で腰痛を訴え、歩けなくなった。落ち葉の上で休んでそばの石に手をつくとたちまち全快した。ふしぎに思って落ち葉を取り除くと、石の男女根が現われたので、これを祀ったという。 巻堀では、ある女帝の女陰に歯が生えていて交わる男の男根をことごとくかみ切って殺すので、金精明神が美男になって相手をすると、歯はたちまち欠け落ち、以来普通の交わりをしたという。「耳嚢」の、娘の女陰の中の鬼牙を黒銅の金精で取り除いた話、南島説話の情婦の女陰の中に牙歯がある話、女陰を鬼を食う口という鬼餅の由来話などとともに、昔の信仰の痕跡であろうという。