王栄

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王 栄(おう えい、? - 181年)は、後漢霊帝の側室。献帝の生母。趙国邯鄲県の人。祖父は王苞。父は王章。兄弟に王斌。

経歴[編集]

豊満な女性で聡明かつ算数が得意であったという。家人子(下級女官)として後宮に入り、美人(嬪の位)となった。霊帝の寵愛を受けて、その子供を身籠った。皇后の何氏は気が強い女性であったため、王美人は懼れて堕胎薬を服用したが、効果がなかった。このとき、太陽を背負って歩くという夢を見たという。結局劉協を産むと、何皇后の嫉妬を受けて毒殺されたという。

189年董卓によって劉協(献帝)が帝位に即けられた。194年、劉協は亡母に霊懐皇后諡号を贈り、文昭陵に改葬した。

参考文献[編集]

  • 後漢書』巻十
  • 『後漢紀』巻二十七