玉観彬

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本来の表記は「玉觀彬」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
玉觀彬
各種表記
ハングル 옥관빈
漢字 玉觀彬
発音: オク・クァンビン
ローマ字 Og Gwan-bin
English: Ok Kwan-bin
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玉 観彬(オク・クァンビン、朝鮮語: 옥관빈、? - 1933年8月1日)は、朝鮮指導者教育家韓国の独立運動家、政治家商人であった。

新民会105人事件で投獄された後解放された、1919年大韓民国臨時政府に参加したが脱退した。興士團員の他の朝鮮人独立運動者李某の婦人と長期の奸通した[1]1933年興士團員の李某の婦人と奸通中[1]嚴亨淳楊汝舟呉冕稙など銃擊に殺害された[2]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 金學俊、《혁명가들의 항일 회상》 (民音社、2005)pp. 408
  2. ^ 金學俊、《혁명가들의 항일 회상》(民音社、2005)pp. 409

参考文献[編集]

  • 朴殷植 著、『韓國獨立運動之血史』1999年2月 瑞文堂、ISBN 9788972433910
  • 朴殷植 著、『韓國獨立運動之血史』2008年12月 소명출판、ISBN 9788956263519
  • 金學俊 著、『혁명가들의 항일 회상』2005年12月 民音社、ISBN 8937425483
  • 金九白凡逸志 : 金九自叙伝』 梶村秀樹訳注、平凡社東洋文庫〉、1973年。全国書誌番号:73009591OCLC 23605578

関連項目[編集]