玉木幸則

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たまき ゆきのり
玉木幸則
生誕 (1968-08-23) 1968年8月23日(49歳)
兵庫県姫路市
国籍 日本の旗 日本
職業 社会福祉士、障害者支援団体役員 など
著名な実績 障害者支援、およびそれに関わるメディア出演
代表作 きらっといきる
バリバラ〜障害者情報バラエティー〜』(いずれもNHK Eテレ

玉木幸則(たまき ゆきのり、1968年8月23日 - [1])は、日本の著述家テレビタレント障害者相談支援専門員。特定非営利活動法人メインストリーム協会理事、社会福祉士脳性まひを持つ。『バリバラ〜障害者情報バラエティー〜』(NHK教育テレビ)などに出演している。

人物・来歴[編集]

「バリバラ」出演まで[編集]

玉木がテレビ出演をするようになったきっかけは、バリバラの前身である『きらっといきる』のプロデューサーの要請により、前任者の牧口一二の跡を継いだことに始まる。要請を受ける際には数々のいきさつがあり、当初、玉木はテレビ出演には2ちゃんねる炎上や、自らの言語障害などを考慮し躊躇していたが、以前に「きらっといきる」出演時に玉木が発言した、「僕の夢は、『きらっといきる』のような番組が無くなっていくことです」という言葉をプロデューサーが持ち出し、「あんたの手で無くしてもらってええんやで」と言われたことが決め手となり、テレビ出演を決意した。

当初の一年間は以前の番組を踏襲する形で進められたが、一年の締めくくりの反省会席上で、玉木が主張する「頑張った感を出さない」という理念に対して、ディレクターの不満が噴出する。「頑張った感を出さないってどういうことだ。頑張っていることを見せて何が悪い」というものであった。会話を重ねるうちに山本シュウが、「それってバラエティーやなぁ」と言い始めた。これを受けプロデューサーが、「じゃあ、バラエティーにしましょう」ということになり「バリバラ」が生まれた。わずかその一ヶ月半後、異例のスピードでバリバラが企画される、2012年4月には障害者が「本当に必要な情報」を楽しく届ける番組として放送が始まった。番組ではこれまではタブー視されてきた障害者のや、障害自体を笑いのネタにするような内容まで含み、真のバリアフリーを目指す画期的なものとなった[3]

著書[編集]

  • 生まれてきてよかった―てんでバリバラ半生記― 解放出版社(2012年10月22日)

出演番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ とちぎ相談支援専門員協会研修会 Eテレ バリバラ出演の玉木幸則さん「玉木的幸福論 障がい者差別にまつわるエトセトラ」”. 栃木県社会福祉士会 (2016年5月24日). 2017年2月26日閲覧。
  2. ^ NHKバリバラ公式サイト
  3. ^ 週刊メインストリーム通信Vol.94 NHKバリバラ