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猫伝染性腹膜炎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

猫伝染性腹膜炎(ねこでんせんせいふくまくえん、feline infectious peritonitis; FIP)は、『猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)』を原因とするネコの症状。人には感染しない。FIPVは猫の80 %が感染していると言われている『猫腸コロナウイルス(FeCV)』の変異型だが、現在の抗体検査、遺伝子検査の精度では区別ができない。血液中の中和抗体の量を示す抗体価が高いこととFIPの発症には、直接の関係はない。遺伝子検査で、腸粘膜でしか繁殖しない猫腸コロナウイルスが、腸以外(腹水胸水)から検出された場合、FIPと考えられる。

原因

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猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)は猫コロナウイルス(FCoV)に由来する病原性バイオタイプとされ、従来は猫腸コロナウイルス(FECV)が感染猫の体内で変異し、単球マクロファージ親和性を獲得することで猫伝染性腹膜炎(FIP)を引き起こすと考えられている。FECVとFIPVに対する抗体は血清学的に鑑別できず、抗体価のみでFIPを診断することはできない。[1] [2]

ただし、この理解はすべての事例に当てはまるとは限らない。2023年にキプロスで発生した流行では、犬コロナウイルスとの組換え体であるFCoV-23が原因とされ、地理的に離れた症例間でも高い配列一致が認められたことなどから、猫から猫への直接伝播を支持する所見が報告された。そのため、「FIP原因ウイルスは常に猫体内で新たに生じ、発症猫から他個体へは事実上感染しない」とする従来の説明は、少なくとも一部の流行事例については修正が必要とされている。[3] [4]

疫学

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猫腸コロナウイルスは、世界のほとんどの地域に存在し、糞便中に排泄され、経口経鼻的に感染が成立する。垂直感染も起こる。

若いネコで進行しやすく、症例の約7割が1歳6か月未満、約半数が0歳7か月未満とされる[5]

症状

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感染初期に、発熱、食欲不振、嘔吐下痢、体重減少など非特異的な症状を示し、進展すると滲出型(ウェットタイプ)あるいは非滲出型(ドライタイプ)の症状を示す。特に滲出型では予後が悪い。

滲出型では進行性の腹部膨満、胸膜滲出による呼吸困難を呈する。

非滲出型では眼病変、黄疸化膿性肉芽腫形成による腎腫大、発作や四肢の麻痺などの神経症状、腸間膜リンパ節炎を呈する。

診断

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猫胎子株化細胞(fcwf-4細胞)を用いてのウイルス分離、RT-PCR蛍光抗体法ELISAが用いられる。ただし、血清診断では猫腸コロナウイルスとの鑑別はできない。

治療

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従来、猫伝染性腹膜炎(FIP)は有効な治療法に乏しく、予後不良の疾患とされていた。[6]

しかし近年、核酸アナログ系抗ウイルス薬であるGS-441524や、その関連薬剤であるレムデシビルの導入により、治療成績は大きく改善した。ABCD(European Advisory Board on Cat Diseases)のガイドラインでは、GS-441524を中心とする抗ウイルス治療が、FIPに対する有効な治療選択肢として位置づけられている。[6]

GS-441524はRNA依存性RNAポリメラーゼを標的とする核酸アナログであり、自然発症FIP猫を対象とした報告では高い有効性が示されている。[7] さらに、307例を対象とした後方視的研究でも、法的に調製・供給されたレムデシビルおよびGS-441524製剤は高い有効性を示したと報告されている。[8]

一方、モルヌピラビルはウイルス複製過程に変異を導入することで抗ウイルス作用を示す薬剤であり、FIPに対しても有効性が報告されている。[9][10] ただしABCDガイドラインでは、モルヌピラビルは有望な選択肢である一方、GS-441524と比べてエビデンスの蓄積が限られることから、再発例や代替治療の文脈で言及されている。[6]

予防

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FIPそのものを確実に予防する方法は確立されていない。ABCD(European Advisory Board on Cat Diseases)のガイドラインでは、FCoVが主として糞口感染で伝播することから、衛生管理とFCoV感染圧の低減が予防の基本とされている。具体的には、多頭飼育環境で猫を小規模で安定した群に保つこと、トイレを十分に設置して清潔に保つこと、ならびにストレスや免疫抑制状態を避けることが重要とされる。[6] また、現在利用可能なFIPワクチンは効果が限定的であるとして、ABCDでは非コアワクチンに位置づけられ、その使用は推奨されていない。[6] 近年、経口GS-441524によりFCoVの糞便中排出を停止させた猫群で、追跡期間中にFIP発症がみられなかったとする報告がある。[11]

脚注

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  1. Wang, Kai; Hu, Gui-Xue; Gao, Feng-Shan (2023-05-16). “Research progress on the etiological characteristics, epidemiology, pathogenesis, and diagnosis of feline coronavirus”. Frontiers in Veterinary Science 10: 1196424. doi:10.3389/fvets.2023.1196424 {{doi}}: 明示されていないフリーアクセスDOI (カテゴリ). PMC 10194308. PMID 37260971.
  2. Felten, S.; Hartmann, K. (2019-11-15). “Diagnosis of Feline Infectious Peritonitis: A Review of the Current Literature”. Viruses 11 (11): 1068. doi:10.3390/v11111068 {{doi}}: 明示されていないフリーアクセスDOI (カテゴリ). PMC 6893704. PMID 31731711.
  3. Attipa, Charalampos; Epaminondas, Demetris; O'Shea, Marie; Hanton, Andrew J.; Fletcher, Sarah; Malbon, Alexandra; Lyraki, Maria; Hammond, Rachael et al. (2025-09). “Feline infectious peritonitis epizootic caused by a recombinant coronavirus”. Nature 645 (8079): 228-234. doi:10.1038/s41586-025-09340-0. PMC 12408369. PMID 40633571.
  4. Starling, Shimona (2025-09). “Emergence of pathogenic recombinant coronavirus in cats”. Nature Reviews Microbiology 23 (9): 545. doi:10.1038/s41579-025-01222-6. PMID 40702327.
  5. Feline Infectious Peritonitis”. Cornell Feline Health Center, Cornell University College of Veterinary Medicine. 2024年2月9日閲覧。
  6. 1 2 3 4 5 Tasker, Severine; Addie, Diane D.; Egberink, Herman; Hofmann-Lehmann, Regina; Hosie, Margaret J.; Truyen, Uwe; Belák, Sándor; Boucraut-Baralon, Corine et al. (2023-08-31). “Feline Infectious Peritonitis: European Advisory Board on Cat Diseases Guidelines”. Viruses 15 (9): 1847. doi:10.3390/v15091847 {{doi}}: 明示されていないフリーアクセスDOI (カテゴリ). PMC 10535984. PMID 37766254.
  7. Pedersen, Niels C.; Perron, Maxine; Bannasch, Danika; Montgomery, Elyse; Murakami, Emi; Liepnieks, Mark; Liu, Huilin (2019-04). “Efficacy and safety of the nucleoside analog GS-441524 for treatment of cats with naturally occurring feline infectious peritonitis”. Journal of Feline Medicine and Surgery 21 (4): 271–281. doi:10.1177/1098612X19825701. PMC 10814637. PMID 30755068.
  8. Taylor, Samantha S.; Barker, Emi N.; Gunn-Moore, Danielle; Jeevaratnam, Kamalan; Norris, Jacqueline M.; Hughes, David; Stacey, Emily; MacFarlane, Laura et al. (2023-09). “Retrospective study and outcome of 307 cats with feline infectious peritonitis treated with legally sourced veterinary compounded preparations of remdesivir and GS-441524 (2020–2022)”. Journal of Feline Medicine and Surgery 25 (9): 1098612X231194460. doi:10.1177/1098612X231194460. PMC 10812036. PMID 37732386.
  9. Kabinger, Florian; Stiller, Christian; Schmitzová, Jana; Dienemann, Christian; Kokic, Goran; Hillen, Hans S.; Höbartner, Claudia; Cramer, Patrick (2021-09). “Mechanism of molnupiravir-induced SARS-CoV-2 mutagenesis”. Nature Structural & Molecular Biology 28 (9): 740–746. doi:10.1038/s41594-021-00651-0. PMC 8437801. PMID 34381216.
  10. Roy, Meghana; Novicoff, W. M.; Jones, Sam; Nocco, Melissa (2022-10-20). “Unlicensed Molnupiravir is an Effective Rescue Treatment Following Failure of Unlicensed GS-441524-like Therapy for Cats with Suspected Feline Infectious Peritonitis”. Pathogens 11 (10): 1209. doi:10.3390/pathogens11101209 {{doi}}: 明示されていないフリーアクセスDOI (カテゴリ). PMC 9612227. PMID 36297266.
  11. Addie, Diane D. (2023-03-23). “Stopping Feline Coronavirus Shedding Prevented Feline Infectious Peritonitis”. Viruses 15 (4): 818. doi:10.3390/v15040818 {{doi}}: 明示されていないフリーアクセスDOI (カテゴリ). PMC 10146023. PMID 37112799.

参考文献

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  • 清水悠紀臣 ほか『動物の感染症』近代出版、2002年。ISBN 4874020747
  • 獣医学大辞典編集委員会編集『明解獣医学辞典』チクサン出版、1991年。ISBN 4885006104

関連項目

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