狩野行寿

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狩野 行寿
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2019年10月27日
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県川越市
生年月日 (1994-07-31) 1994年7月31日(27歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 2016年 ドラフト7位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

狩野 行寿(かりの ゆきかず、1994年7月31日 - )は、埼玉県川越市出身の元プロ野球選手内野手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

中学生時代に硬式野球の武蔵狭山ボーイズでプレーしていたが、控えに甘んじていた。川越工業高等学校への進学後は、主に「2番(または9番)・遊撃手」として起用されたが、対外試合では本塁打を1本も放てなかった[1]。しかし、平成国際大学硬式野球部監督の大島義晴が、肩の強さと球際に強い守備に着目し、大島の勧めで同大学に進学した[2]。高校時代の2学年後輩に、太田賢吾がいる。

平成国際大学への進学後は、1年時から関甲新学生野球のリーグ戦に出場。2年春の対作新学院大学戦で1イニング2本塁打を含む1試合3本塁打9打点のリーグ新記録を達成[3]すると、3年の春季には打率.378、2本塁打、14打点という好成績で最多打点のタイトルを獲得した[4]。主将に就任した4年時には、春季リーグ戦で打撃に苦しみながらも、出場13試合でリーグ最多の7盗塁をマーク[2]。守備面でも、2年秋・3年秋に遊撃手としてベストナインに選ばれた[5]

2016年のNPBドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズから7巡目で指名。契約金2,700万円、年俸700万円(金額は推定)という条件で入団した。この会議で指名された選手では最も早い仮契約[6]で、背番号は36で、武蔵狭山ボーイズ出身者では初めてのプロ野球選手でもある。

DeNA時代[編集]

2019年4月22日

2017年には、イースタン・リーグ公式戦63試合に出場したが、打率.134、1本塁打にとどまった。

2018年には、イースタン・リーグ公式戦68試合の出場で打率.199をマーク。本塁打を放てなかったが、シーズンの終了後には、台湾で開催のアジア・ウィンター・リーグに参加した。イースタン・リーグに加盟するDeNAの選手でありながら、チームメイトの田村丈山本祐大百瀬大騎宮本秀明や、コーチとして派遣された二軍コーチの永池恭男とともにウエスタン・リーグの選抜チームへ組み込まれた[7]

2019年には、イースタン・リーグ公式戦79試合に出場したが、打率.188、1本塁打でシーズンを終了。球団からの戦力外通告10月1日)を経て、10月3日に現役引退を表明した[8]

現役引退後[編集]

戦力外通告の際にチームサポーター(スタッフ)への転身を打診されたことを機に、秋季キャンプからは打撃投手として再スタートを切っている[9]

選手としての特徴[編集]

大きな故障を経験していない体の強さ[10]と、手動計測ながら50メートル走で5秒9を記録した俊足と強肩の持ち主で、球際に強い守備も持ち味[6]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 36 (2017年 - 2019年)
  • 111 (2020年 - )

脚注[編集]

[脚注の使い方]

関連項目[編集]