犬の目

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犬の目(いぬのめ)は、古典落語の演目のひとつ。目玉違い(めだまちがい)とも。

概要[編集]

演者の持ち時間が少ないときや、早く高座を下りる必要のあるときなどに演じる、いわゆる「逃げ噺」のひとつ。様々なシーンにおいてクスグリが挿入・省略できる構造のため、口演時間が様々に調整される。

原話は、1773年安永2年)に出版された笑話本『聞上手』の一編「眼玉」。

主な演者に、東京の4代目橘家圓蔵5代目三升家小勝らが知られるほか、漫談調の新作落語を得意とした初代林家三平が演じた音源が残る。上方では、橘ノ圓都が断片的に記憶していたものを3代目桂米朝が仕立て直した。

あらすじ[編集]

男が両目をわずらい、友人から医師の紹介を受けて、その医師が営む医院に駆け込む。

医師は「これは手遅れだ」と言い、男に皿を渡し、目の下で持っておくよう指示する。男が「目玉を洗うのですか?」と聞くと、医師は「くり抜きます」と告げ、男は驚く。医師はすばやく男の眼球を顔から引っこ抜き(このとき、演者は特有のユーモラスな動作をとる)、助手の小僧に「薬液に漬けておくように」と指示する。

その後、医師は男の眼球を元どおりにはめ込もうとするが、うまくいかない。医師は「液に漬けすぎて、ふやけてしまったようだ。少し縁側に出して、陰干しにしておきましょう」と言い、助手に運ばせる。

しばらくすると、助手が医師を縁側へ呼び、「目が見えなくなりました」と告げる。「お前もか、すぐに治してやる」「いえ、そうではなくて、干していた目玉がどこかへ行ってしまったのです」ふたりが庭先を見ると、隣家の飼い犬が舌なめずりをしながら体を横たえている。医師は「犬が目玉を食ってしまったのだ。しかたがない、こいつで間に合わせよう」と言って、犬を取り押さえ、その目玉を引っこ抜いて、診察室で待つ男の元へ持って行き、何食わぬ顔ではめ込む。「今日は帰って安静にして、1日おいて、あさってまた来なさい」

2日後、医院を再訪した男は「今までの目玉より、はるか遠くが見られます。夜でも昼のように明るく見えます」と、経過を喜ぶ。医師は「それは良かった」と応じつつ、胸をなで下ろす。しかし、男は「でも、ひとつ困ったことができたのです」と話す。「それは何です?」

電柱を見ると、小便がしたくなる」

バリエーション[編集]

  • 冒頭の男と友人の会話に時間を割く演じ方がある。「一面に雲がかかっているから『雨降りの目』だと言われたよ」「いや、晴れているよ。目玉一面に星が出ている」といったクスグリが知られる。
  • 東京では、医師の名は、「ヘボンの弟子でシャボン」とする場合が多い。また、その医師が留守で、「医師の弟子だ」と名乗る若い男が応対する、という展開で演じられることも多い。
  • 医師が男の眼球を抜いたあとの会話におけるクスグリは下記のほか、多様である。
    • 男が「自分の目を抜いたあとというのは、なんとなく寂しいものですね」と問うと、医師が「そんなことはない、にぎやかな感じがするものです。『目抜き通り』というでしょう」と答えるもの。
    • 医師が「目を抜いたあとの穴からは、いずれ『メ(目=)』が出てくる」と言い、男(あるいは助手)が「いつ?」と問うと、「春先、5月1日だ。メーデー(=芽ー出ー)というでしょう」と答えるもの。
  • サゲのバリエーションは上記「あらすじ」のほか、多岐にわたる。
    • 「小便をする時に、足を上げたくなる」というもの。
    • 「外に出られないのです。まだ鑑札を受けていないから」というもの。
    • 「夜、女房と取り組むとき、後ろからしたくなる」というエロティックなもの。
    • 原話では「紙屑屋を見ると、吠えたくなる」というサゲであった(江戸期の古紙回収業者の多くは、野菜や果物の切りくずも医薬品原料などとして回収していたため、ごみをあさる犬にとって天敵であった)。