「ジヴァニウド・ヴィエイラ・ジ・ソウザ」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
(出典、ほか)
 
==== Jリーグ ====
2005年2月、[[川崎フロンターレ]]レンタル移籍し18歳で来日。ブラジル時代は主に中盤のポジションでプレーし、川崎でも当初は[[ミッドフィールダー]]登録でC契約選手であった。当時は[[カルロス・アルベルト・カルヴァリョ・ドス・アンジョス・ジュニオル|ジュニーニョ]]、[[マルクス・ビニシウス・デ・モライス|マルクス]]、[[アウグスト・ペドロ・デ・ソウザ|アウグスト]]と3人の外国人選手がいたため出場機会に恵まれなかったが、彼らが欠場した試合では結果を残した。
 
2006年に川崎へ完全移籍した上で[[J2リーグ|J2]]の[[北海道コンサドーレ札幌|コンサドーレ札幌]]へレンタル移籍、リーグ2位の25得点を挙げる。翌2007年は同じくJ2の[[東京ヴェルディ1969]]へレンタル移籍し、リーグ42試合出場で37得点(J2歴代最多タイ=2004年にジュニーニョが記録)と前年度を上回り、東京VのJ1昇格に貢献する。
 
==== FCゼニト・サンクトペテルブルク ====
2012年9月3日、[[ロシアサッカー・プレミアリーグ]]の[[FCゼニト・サンクトペテルブルク]]5年契約で移籍した<ref>{{Cite web|url=http://www.goal.com/jp/news/3638/%E6%9D%B1%E6%AC%A7/2012/09/04/3352078/%E3%82%BC%E3%83%8B%E3%83%88%E3%83%95%E3%83%83%E3%82%AD%E7%8D%B2%E5%BE%97%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A1%A8|title=ゼニト、フッキ獲得を発表|author=Goal.com|date=2012-09-04|accessdate=2012-09-04}}</ref>。
 
2015年2月17日、ゼニトと2017年まで契約を結んでいたが、2年間の契約延長に合意した。ゼニトとの契約は2018-19シーズンが終了する2019年6月30日までとなる<ref>[http://www.soccer-king.jp/news/world/20150217/282109.html ブラジル代表のフッキがゼニトと2019年までの契約延長で合意] soccerking 2015年2月17日</ref>。
2016年6月29日、[[中華人民共和国|中国]]・[[中国サッカー・スーパーリーグ|スーパーリーグ]]の[[上海上港集団足球倶楽部|上海上港]]へ移籍することで合意したと発表した。移籍金は5600万ユーロと報道された。背番号は8番に決まった。しかしデビュー戦で早々負傷し離脱したこともあり、7試合4得点と1年目は期待外れの結果に終わった。
 
2017年、FCポルト、ゼニトで師事した[[アンドレ・ビラス・ボアス]]が監督に就任。[[ダリオ・コンカ]]の退団で背番号10番変更するとフッキも本領を発揮する。圧倒的な個人能力を武器にリーグ戦17得点でリをマグベスト11に導きクし、[[AFCチャンピオンズリーグ|ACL]]でも11試合9得点を記録しクラブのベスト4進出に貢献した。
 
その一方で個人能力の高さ故に、チームメイトにパスせず、強引にシュートに持ち込むプレーが目立ち、批判もされた。2018年、ビラスボアスが辞任、後任監督にはFCポルトで師事した[[ヴィトール・ペレイラ]]が就任。フッキはキャプテンに就任した。
 
2020年12月8日、契約満了により退団することが発表された<ref>{{cite web | url= http://www.sipg-fc.com/sipg/e/action/ShowInfo.php?classid=2&id=2311 | title= 公告 • 【相逢又告别,归帆又离岸】道一声祝福与珍重 | date= 8 December 2020 | accessdate= 8 December 2020 | publisher= 上海上港公式サイト}}</ref>。
 
==== アトレティコ・ミネイロ ====
2021年1月29日、母国の[[アトレチコ・ミネイロ]]加入<ref>{{Cite web|title=Hulk reforça o ataque atleticano|url=https://www.atletico.com.br/noticias/hulk-reforca-o-ataque-atleticano|accessdate=2021-01-30|publisher=Clube Atlético Mineiro|date=2021-01-29}}</ref>。同シーズンではチーム快進撃の原動力となり、50年ぶりの[[カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA|ブラジルリーグ・セリエA]]優勝に貢献<ref>{{Cite web |url=https://www.footballista.jp/news/125796 |title=50年ぶりのブラジル全国選手権優勝に沸くアトレチコ・ミネイロ |publisher=footballista |date=2021.12.06 |accessdate=2021.12.28 }}</ref>。自身も19ゴールで得点王とMVP、ベストイレブンの3冠に輝いた<ref>{{Cite web |url=https://www.soccer-king.jp/news/world/southamerica/20211211/1596442.html |title=“元Jリーガー”フッキ、母国ブラジルリーグで大活躍! 19ゴールで得点王&MVPを獲得 |publisher=Soccer-king |date=2021.12.11 |accessdate=2022.01.13}}</ref>。
 
=== 代表 ===
== 人物・エピソード ==
{{雑多な内容の箇条書き|section=1|date=2010年10月}}
[[登録名]]の「Hulk」は、フッキが少年時代に愛読していた[[アメリカン・コミック]]『[[ハルク (マーベル・コミック)|超人ハルク]](The Incredible Hulk)』の主人公ハルクのことで、フッキの母親によって付けられたニックネームである。ブラジルでは「Hulk」を{{IPA|ˈʁuwki}}<ref>[http://www.youtube.com/watch?v=B_etg7bvKB8 O Natal na ESCOLA de futebol do HULK] TV Itararé</ref>「フウキ」のように発音するが、ポルトガルでは{{IPA|ˈuɫk}}<ref>[http://www.tvi.iol.pt/videos/13660645 Maicon: «Hulk e Moutinho? Porto é Porto!»] Televisão Independente (TVI)</ref>「ウルク」に近い発音となる(なおポルトガル語では通常子音の h は発音しない)。日本時代の登録名「フッキ」は、2005年の初来日の際、[[川崎フロンターレ]]のスタッフが「(ウルクでは)読みにくいから、Hも読もう」と登録名にしたのが始まり<ref>ワールドサッカーダイジェスト2009年11月5日号{{要ページ番号|date=2014年5月}}</ref>。ポルトガル移籍以降は日本語メディアで「ウルク」と表記されることもある
* ブラジル代表に初招集された際の監督である[[ドゥンガ]]はフッキのことを高く評価しており、[[ロナウド]]の後継者になりうると評している<ref>{{Cite web|url=http://www.soccer-king.jp/world/article/201106201500_hulk.html|title=ブラジルの伝説的FWロナウドの後継者は元Jリーガーのフッキ?|author=SOCCER KING|date=2011-06-20|accessdate=2011-06-21|archiveurl=https://web.archive.org/web/20110623055159/http://www.soccer-king.jp/world/article/201106201500_hulk.html|archivedate=2011-06-23|deadlink=2019-11-06}}</ref>。
*東京ヴェルディ時代のチームメートであった[[平本一樹]]にチームをハチャメチャにした男と評されている<ref>{{Cite journal|和書
|year = 2010
|month = 12
匿名利用者

案内メニュー