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(東アジア反日武装戦線との関係)
したがって流動的下層労働者たちはアイヌ下層人民や部落下層人民、在日朝鮮下層人民、沖縄の下層人民と連帯しなければならないと船本は説いた<ref >船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.240-242</ref>。
==既成左翼に対する船本の評価==
船本は革命は世界革命の過程としてのみあり、一国の革命行為は世界革命のシンフォニーであり、世界政治から解放された一国革命はありえず、世界革命は一国革命の総和ではないとする。したがって([[一国社会主義論|一国革命主義]]に陥った)[[ソビエト連邦]]は反革命に転落していると述べている<ref>船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.258</ref>。
 
日本国内においては日本社会党や日本共産党を社民勢力とくくり、社民が指導する組織労働者による労働運動は(組織労働者,本雇工などの)市民階層の帝国主義的市民主義的利益のために、未組織下層労働者との分断を呼び、その内実はブルジョアジーによる分断支配統治の一つの様式であり、階級闘争を議会内取引・国会内茶番劇に収束させていると述べている<ref>船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.254-270</ref>。社民による市民社会の秩序は外ではアジア人民からの搾取、内では下層労働者からの搾取することで保証されていると述べている<ref>船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.122</ref>。船本は1970年代の革新勢力とされている美濃部都政や京都市政は山谷や釜ヶ崎の下層労働者との対話にも応じていなかったと非難している。<ref>船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.65,213</ref>
 
==東アジア反日武装戦線との関係==
船本は遺書の中で東アジア反日武装戦線について「その爆弾闘争こそが東アジアの明日を動かす闘争である」とアジア人民に示していると述べ、その闘争が更に持続し拡大していくことを期待している<ref>船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年、p.290-294</ref>。新聞報道では東アジア反日武装戦線”さそり”グループの[[黒川芳正]]は船本と複数回会ったことを認めており<ref>毎日新聞1975年6月27日p.23</ref>、さらに、”狼”グループの[[佐々木規夫]]とも知り合っており<ref>夕刊読売新聞1976年9月28日p.11、朝日新聞1975年6月27日p.1</ref>、さらに朝日新聞では船本は”狼”グループの[[大道寺将司]]や”大地の牙"グループの[[齋藤和]]とも面識があった可能性を報じられている<ref>朝日新聞1975年6月27日p.1</ref>。北海道庁爆破事件の[[大森勝久]]も東アジア反日武装戦線を名乗ったが、大森も船本と面識があり影響を受けたとされる<ref>夕刊読売新聞1976年9月28日p.11</ref>。東アジア反日武装戦線が作成した爆弾教本[[腹腹時計]]の前文は船本思想を反映したものだとされている<ref>夕刊読売新聞1976年9月28日p.11</ref>。船本が主犯とされたあいりん総合センター爆破事件では、使われた薬品や容器は東アジア反日武装戦線が使ったものに類似しているが<ref>朝日新聞1975年6月27日p.1、毎日新聞1975年6月27日p.23</ref>、船本自身は容疑は警察のでっちあげであると主張している<ref>船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年p.244,308-309290-294</ref>。