「俺ら東京さ行ぐだ」の版間の差分

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「'''俺ら東京さ行ぐだ'''」(おらとうきょうさいぐだ)は、歌手・[[吉幾三]]が[[1984年]]([[昭和]]59年)[[11月25日]]に発表した楽曲である。
 
作詞・作曲とも吉幾三が手掛けた。主人公が生まれ育った「無い物尽くし」の田舎が嫌になり、[[東京]]へ出ようとする歌詞である。同じ1984年発売で[[佐野元春]]の「[[COMPLICATION SHAKEDOWN]]」や、アルバム『[[VISITORS (アルバム)|VISITORS]]』とともに[[日本語ラップ]]の元祖と言われる<ref>{{Cite web |author= |url=https://realsound.jp/2014/12/post-2032_2.html |title=佐野元春は早すぎたB-BOYだった?  名盤『VISITORS』のラップが古びない理由 |work=[[リアルサウンド (ニュースサイト)|Real Sound]] |date=2014-12-17 |accessdate=2021-06-22}}</ref><ref>{{cite web |url=https://www.moto.co.jp/works/guide/Visitors.html |title=ニュー・ジェネレーションのための佐野元春ガイド ニューヨークから発信、1984年日本に向けて放った衝撃の一撃 |work=佐野元春公式サイト |accessdate=2021-06-22}}</ref>。
 
なお、「行くだ」は誤りであり、正しくは「行'''ぐ'''だ」である。
 
== 背景 ==
[[ファイル:8-track_cartridge1.jpg|thumb|right|200px|かつてカラオケ用として使われていた[[8トラック]]カートリッジテープ(空のオーケストラのみを収録した、本来の意味の「カラオケ」)。テープは民生にも販売されたが、再生機器(かける機械)がバーなどの業務用にしか普及しないまま、1984年当時は[[レーザーディスク]]カラオケへの移行が始まっていた。もっとも歌詞に登場する「カラオケ」は、過疎の村にも存在はしたであろう「空の[[桶]]」のことを指している気配もある。]]
吉は[[1977年]](昭和52年)に最初のヒット曲「俺はぜったい!プレスリー」を発表した後、ヒット作に恵まれない低迷期が続く。[[アメリカ合衆国|アメリカ]]のLPレコードで[[ラップ音楽]]に触れ、そこから着想を得て作った<ref>{{Cite web|date=2009-7-16|url=http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20080313-OHT1T00073.htm|title=故郷への想いから生まれた「俺ら東京さ行ぐだ」…歌手・吉幾三[私の上京物語]|publisher=スポーツ報知|accessdate=2009-7-16|archiveurl=https://web.archive.org/web/20090530033904/http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20080313-OHT1T00073.htm|archivedate=2009年5月30日|deadlinkdate=2017年9月}}</ref>。本楽曲を各レコード会社に売り込むも、全て断られてしまう。最終的に[[千昌夫]]が数百万円で吉から原版権を買い取り<!--ナンボdeなんぼ 関西テレビ-->、この千の支援により[[1984年]](昭和59年)[[11月25日]]本楽曲がリリースされた。
もっとも歌詞に登場する「カラオケ」は、過疎の村にも存在はしたであろう「空の[[桶]]」のことを指している気配もある]]
 
本作は当時の[[オリコンチャート|オリコンシングルチャート]]では[[演歌]]チャートではなく「[[フォークソング|フォーク]]、[[ニューミュージック]]」チャートでランクインしていた。これ以前にも[[スネークマンショー]]や[[小林克也]]、[[山田邦子]]らがラップテイストの強い曲を発表しているが、ラップ音楽の特徴である[[プロテストソング]]を(自虐的ではあるが)盛り込んだところに特徴がある<ref name="asahi20081129">「うたの旅人 - 元祖ラップ若者が支持」『朝日新聞』2008年11月29日付 Be on Sunday Entertainment、e1-e2面</ref>。
吉は[[1977年]](昭和52年)に最初のヒット曲「俺はぜったい!プレスリー」を発表した後、ヒット作に恵まれない低迷期が続く。[[アメリカ合衆国|アメリカ]]のLPレコードで[[ラップ音楽]]に触れ、そこから着想を得て作った<ref>{{Cite web|date=2009-7-16|url=http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20080313-OHT1T00073.htm|title=故郷への想いから生まれた「俺ら東京さ行ぐだ」…歌手・吉幾三[私の上京物語]|publisher=スポーツ報知|accessdate=2009-7-16|archiveurl=https://web.archive.org/web/20090530033904/http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20080313-OHT1T00073.htm|archivedate=2009年5月30日|deadlinkdate=2017年9月}}</ref>。本楽曲を各レコード会社に売り込むも、全て断られてしまう。最終的に[[千昌夫]]が数百万円で吉から原版権を買い取り<!--ナンボdeなんぼ 関西テレビ-->、この千の支援により[[1984年]](昭和59年)[[11月25日]]に本楽曲がリリースされた。
 
本作のジャケット写真は[[北海道]][[増毛郡]][[増毛町]]にて撮影された。[[NHK札幌放送局]]「[[穴場ハンター]]」2016年4月15日放送にて回で撮影のエピソードが紹介されたほか、番組スタッフの探し当てたジャケット撮影地で[[猪飼雄一]]アナウンサーがジャケット写真を再現した写真が紹介された<ref>{{Twitter status|YoshiPromotion|725234814261940224}}</ref><ref>{{Twitter status|YoshiPromotion|725235524470874112}}</ref><ref>{{Twitter status|YoshiPromotion|725236174273433600}}</ref><ref>{{Twitter status|YoshiPromotion|725236926651850752}}</ref>。
本作は当時のオリコンでは[[演歌]]チャートではなく「[[フォークソング|フォーク]]、[[ニューミュージック]]」チャートでランクインしていた。これ以前にも[[スネークマンショー]]や[[小林克也]]、[[山田邦子]]らがラップテイストの強い曲を発表しているが、ラップ音楽の特徴である[[プロテストソング]]を(自虐的ではあるが)盛り込んだところに特徴がある<ref name="asahi20081129">「うたの旅人 - 元祖ラップ若者が支持」『朝日新聞』2008年11月29日付 Be on Sunday Entertainment、e1-e2面</ref>。
 
[[1985年]]のオリコンシングルチャートでは年間21位を記録した。オリコン発表の売上枚数は35.1万枚{{sfn |スージー鈴木|2017| p=213}}。
本作のジャケット写真は[[北海道]][[増毛町]]にて撮影され、[[NHK札幌放送局]]「[[穴場ハンター]]」2016年4月15日放送にて撮影のエピソードと番組スタッフの探し当てたジャケット撮影地で[[猪飼雄一]]アナウンサーがジャケット写真を再現した写真が紹介された<ref>{{Twitter status|YoshiPromotion|725234814261940224}}</ref><ref>{{Twitter status|YoshiPromotion|725235524470874112}}</ref><ref>{{Twitter status|YoshiPromotion|725236174273433600}}</ref><ref>{{Twitter status|YoshiPromotion|725236926651850752}}</ref>。
 
1985年の[[オリコンチャート|オリコンシングルチャート]]では年間21位を記録した。
 
オリコン発表の売上枚数は35.1万枚{{sfn |スージー鈴木|2017| p=213}}。
 
[[日本音楽著作権協会]](JASRAC)の著作権使用料分配額(国内作品)ランキングでは、[[2019年]]度の年間9位<ref>{{PDF|[https://www.jasrac.or.jp/profile/prize/pdf/2020_distribution10.pdf 分配額ベスト10]、日本音楽著作権協会、2020年。}}</ref>を獲得した。
 
== 反響 ==
[[Fileファイル:Goshogawara city center area Aerial photograph.1975.jpg|thumb|270px|[[1975年]]頃の[[青森県]][[五所川原市]]中心市街地。「車もそれほど走っていない」のは'50~'60[[1950年]]〜[[1960年代]]とされる。「俺らの村には電気が無い」実態としては、東北の山間部では1950年代まで未電化(無点灯地区)である事が珍しくなく<ref>[https://www.jacom.or.jp/column/2018/12/181213-36907.php 【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第32回 戦後も残った照明の地域格差|昔の農村・今の世の中|コラム|JAcom] - [[農業協同組合新聞]]、2018年12月13日。</ref>、岩手県では既存集落では[[1962年]]まで[[葛巻町]]、[[戦後開拓|開拓部落]]では[[1988年]]まで[[川井村 (岩手県)|川井村タイマグラ地区]]が無点灯地区として残り続けていた実例がある<ref>[https://www.jacom.or.jp/column/2018/12/181227-37034.php 【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第34回  日本で一番最後に電灯がついた村は?(1)|昔の農村・今の世の中|コラム|JAcom] - 農業協同組合新聞、2018年12月18日。</ref>。<br />{{国土航空写真}}]]
; 賛否両論の大反響
: 吉幾三本人が後日語ったところによると、歌詞の「[[テレビ]]も[[ラジオ]]も[[電話]]も[[ガス]]も[[電気]]も無い」など自虐的な部分が、発売当初は出身地である[[青森県]][[北津軽郡]][[金木町]](現:[[五所川原市]])から「うちはそんなに[[田舎]]じゃない」と猛[[抗議]]を受けたという。また、日本中の小さな農村から「ふざけるな!!」「私たちの[[村]]を[[馬鹿]]にしてるのか!?」と凄い数の[[クレーム]]が押し寄せてきたとも語っている。しかし、彼自身の幼少期である[[1960年]]〜[[1970年代]]においては、本当に歌詞の内容と近いものだったという<ref name="asahi20081129" />
; [[レーザーディスク]]の宣伝
: しかし、彼自身の幼少期である1960~70年代においては、本当に歌詞の内容と近いものだったという<ref name="asahi20081129" />。
: 「[[レーザーディスク]]は何者だ?」と歌詞にあり、後日製造元の[[パイオニア]]から「レーザーディスクの宣伝になった」ということで、吉にレーザーディスクの再生装置と一部の映像ソフトが贈られた<ref>「パイオニア『レーザーディスクとはこういうものです』──吉幾三さんにVD贈る」『[[日経産業新聞]]』1985年2月27日付、8頁。</ref>。その後しばらくの間「レーザーディスクは化け物だ!」と歌詞を変えて歌っていたという逸話もある。また、『[[夜も一生けんめい。]]』でゲスト出演していた吉が同曲を披露した時には、番組の提供スポンサーでもあるパイオニアにちなんで「レーザーディスクはパイオニア!」と歌っている。
; レーザーディスクの宣伝
: 「[[レーザーディスク]]は何者だ?」と歌詞にあり、後日製造元の[[パイオニア]]から「レーザーディスクの宣伝になった」ということで、吉にレーザーディスクの再生装置と一部の映像ソフトが贈られた<ref>「パイオニア『レーザーディスクとはこういうものです』──吉幾三さんにVD贈る」『[[日経産業新聞]]』1985年2月27日付、8頁。</ref>。その後しばらくの間「レーザーディスクは化け物だ!」と歌詞を変えて歌っていたという逸話もある。また、『[[夜も一生けんめい。]]』でゲスト出演していた吉が同曲を披露した時には、番組の提供スポンサーでもあるパイオニアにちなんで「レーザーディスクはパイオニア!」と歌っている。
; 歌番組
: この曲が[[ラジオ]]で流れたところ人気が急上昇し、生放送の番組である『[[ザ・ベストテン]]』([[Japan News Network|TBS系列]])の「今週のスポットライト」コーナーに登場することになったが、本人が緊張のあまり途中で歌えなくなってしまい、再度歌い直すというハプニングが起きた<ref name="best10">[[KADOKAWA|角川]]インタラクティブ・メディア「別冊[[ザテレビジョン]] ザ・ベストテン 〜蘇る! 80'sポップスHITヒストリー〜」2004年12月、ISBN 978-4-0489-4453-3 (p3(p.130)</ref>。また、本番中に本物の[[ウシ|牛]]を演出のためにスタジオに持ち込み、エンディングの絶妙なタイミングでこの牛が鳴いている<ref name="best10"/><ref>1985年2月7日放送回のこと。</ref>
: 『[[ザ・トップテン]]』([[日本テレビネットワーク協議会|日本テレビ系列]])では、吉の地元の北津軽郡金木町にある[[金木駅]]から地元の人達が見守る中、生中継で歌ったこともある。
: [[1985年]](昭和60年)[[4月10日]]放送の『[[夜のヒットスタジオ|夜のヒットスタジオDELUXE]]』([[フジネットワーク|フジテレビ系列]])では、スタジオに集合した金木町民をバックに歌っている。青森県では、この年の4月から[[青森放送]]で番組ネットが始まったばかりであった。
; 紅白歌合戦
: 1985年屈指の注目曲であり、当然ながら「[[NHK紅白歌合戦]]」出場も有力視されていたが、{{要出典範囲|当時の女性誌の紅白出場歌手予想コーナーにて、歌詞の中に「レーザーディスク」という実在の商品名や、[[警察官]]を「おまわり」と表現している事が問題視され、「『レーザービデオ』などに歌詞を変えたらどうか?」と提案されたが、吉が、年末年始は家族サービスをしたい意向があったのと「歌詞を変えてまで出る気はない」と拒絶している事が「関係者」のコメントとして報じられ|date=2018年5月}}、[[第36回NHK紅白歌合戦]]の出演はなかった。
; その他
: この曲が[[USEN|有線]]を中心にヒットチャートを上り始めたことに注目した[[徳間ジャパンコミュニケーションズ|徳間ジャパン]]は、[[1984年]]にプロモーションの一環として、吉本人主演による[[オリジナルビデオ|ビデオシネマ]]『俺ら東京さ行ぐだ 〜純情篇〜』を製作。1985年[[5月25日]]にビデオ、同年[[7月25日]]にレーザーディスクが発売された<ref>監督:[[後藤秀司]]、脚本:高梨安英、[[樽見弘紀]]、出演:[[吉幾三]]、[[新井今日子]]、[[鈴木正幸]]。収録曲:「俺ら東京さ行ぐだ」、「ヨイ・ヨイ・ヨイ」、「故郷」、「酒もって来い!」、「[[津軽平野]]」</ref>。2018年5月に[[歌謡ポップスチャンネル]]にてテレビ初放送<ref>{{Cite web|url=http://www.kayopops.jp/program/episode.php?prg_cd=KC00000917&episode_cd=0001&epg_ver_cd=06|title=俺ら東京さ行ぐだ ~純情篇~|publisher=歌謡ポップスチャンネル|accessdate=2018-05-03}}</ref>。
: 作品発表から24年が経過した[[2008年]]([[平成]]20年)にはこの楽曲がきっかけで、[[インターネット]]上において「[[#IKZOブーム|IKZOブーム]]」(後述)が起こった<ref name="asahi20081129" />。また同年[[10月1日]]には同曲への[[アンサーソング]]と位置付けたシングル『NDA![んだ!] 』をリリース。こちらは[[レゲエ]]調のアレンジがされ、15歳になって上京してきた主人公が田舎の大人から受けた「東京生活での注意」を思い出す内容となっている。
 
== アレンジ曲 ==
* [[1985年]]12月21日、ハード・コア・ボーイズ<ref>[[桑原茂一]]がプロデュースし、[[藤原ヒロシ]]、[[ヤン富田]]、[[いとうせいこう]]、[[Dub Master X]]、DJ K.U.D.Oらが参加した音楽ユニット。</ref><ref>[https://dictionary.goo.ne.jp/word/person/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%B3%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%82%BA/ ハードコア・ボーイズの解説] - goo人名事典</ref>が「俺ら東京さ行ぐだ」の[[リミックス]]版である「ほうらいわんこっちゃねえMIX」をリリースする。同曲は[[日本のヒップホップ]]の草創期の一曲であるとも分類されるが<ref>[[大和田俊之]]、[[磯部涼]]、吉田雅史『ラップは何を映しているのか――「日本語ラップ」から「トランプ後の世界」まで』[[毎日新聞出版]]、2017年。</ref>、余りにも[[プロテストソング]]としての色彩の濃い歌詞であった事から<ref>[https://natalie.mu/music/column/377857 チェルノブイリ原発事故や阪神・淡路大震災が与えた影響 | 時代を映し出すプロテストソングの変遷 第2回] - [[ナタリー (ニュースサイト)|音楽ナタリー]]</ref><ref>[https://bobdeema.hatenablog.com/entry/2018/12/10/012817 ニッポンのポリティカルラップ] - 韻踏み夫による日本語ラップブログ</ref>、正式リリースはされず([[発禁]])少数の見本盤がプレスされるに留まった<ref>[https://ameblo.jp/tokyofriedoysters/entry-10107322144.html 【号外】 旅路の果て] - Fried Oysters Excitement!!!</ref>。
* 本作発表から6年後の[[1990年]]、吉は同じメロディーで歌詞の違う「これが本当の[[ゴルフ]]だ!!」を発表した(『吉幾三全曲集〜酔歌』(1990年8月25日発売、徳間ジャパン、TKCL-30129)収録)。こちらはゴルフが下手な人を主人公としている。
* 1999年、テクノユニットの[[LEOPALDON|レオパルドン]]が本作をサンプリングした「No Disco City」を7インチレコード『田舎 EP』に収録した<ref>[http://slaplover-record.com/?pid=53712377 LEOPALDON - 田舎EP(7インチ)]、 SLAP LOVER RECORD。</ref>。2001年発売のCD『Cake or Girl』、2009年発売のCD『レオパルドンのびっくり音楽せいぞろい』にも収録されている。
* 2008年8月23日、[[ユーロビート]]製作集団の秋葉工房に所属する[[ユーロバカ一代|DJ Command]]が、本作をリミックスした「俺ら東京さ行ぐだ [Super Euro Mix]」を[[ニコニコ動画]]に公開。同年12月24日に[[ドリーミュージック]]が発売した「スーパー★アニメ☆リミックス 峠 痛車ダンスミーティング」(MUCD-1198)にDJ KAZMAの演奏で収録された。
* 2016年、[[クルーズ (企業)|クルーズ]]「[[SHOPLIST]]」のCMに替え歌が起用され、吉が歌唱参加している<ref>{{cite news|url=http://www.sankei.com/economy/news/160422/prl1604220230-n1.html|title=ファストファッション通販『SHOPLIST.com by CROOZ』 テレビCMを4月23日(土)より放映開始のお知らせ|newspaper=産経ニュース|date=2016-04-22|accessdate=2016-04-25}}</ref>。
* 2019年、[[東日本旅客鉄道|JR東日本]]「TYO By Shinkansen」のCMに替え歌が起用され、[[武田玲奈]]ら出演者が劇中で歌唱している<ref>{{cite news|url=http://cm-watch.net/jreast-tyo-takedarena/|title=JR東日本 TYO By Shinkansen 武田玲奈|newspaper=CM Watch|date=2019-03-22|accessdate=2019-04-11}}</ref>。
* 2019年、[[SoftBank (携帯電話)|SoftBank]]のCM「ギガ国物語 カラオケ編」で替え歌「俺らギガが無ェだ」が起用され、[[岡田准一]]・[[土屋太鳳]]・[[白石麻衣]]・[[北村匠海]]が振り付きで歌っている<ref>{{cite news|url=https://www.cinra.net/news/20190419-softbank|title=土屋太鳳がカラオケでダンス&岡田准一が合いの手  「ギガ国物語新CM|newspaper=cinra.net|date=2019-04-19|accessdate=2019-04-24}}</ref>。
* 2019年、現地オプショナルツアー予約サイト[[ベルトラ]]が名古屋・福岡地区限定のCMにて替え歌「俺らこんな旅いやだ  女子旅篇」として起用。CMの最後には、本人も出演している<ref>{{cite news|url=https://www.excite.co.jp/news/article/WWS_wws_181589/|title=【動画】吉幾三の名曲が女子旅のうっぷんを晴らす!?現地ツアー・アクティビティ予約サイトの「ベルトラ」初のCMが解禁|newspaper=exciteニュース|date=2019-12-13|accessdate=2019-12-17}}</ref>。
* 2021年、[[カプコン]]「[[バイオハザード ヴィレッジ]]」のイメージソングとして替歌「俺らこんな村いやだLv.100」が起用され、吉本人がミュージックビデオに出演し「吉VILLAGE幾三」名義で作詞も担当している<ref>[https://s.famitsu.com/news/202104/23218613.html 吉幾三さんが熱唱する『バイオハザード  ヴィレッジ』公式イメージソング“俺らこんな村いやだLv.100”が公開。] - ファミ通.com</ref>。
 
== 収録曲 ==
== 映画 ==
[[1985年]]、この楽曲をモチーフにした映画が[[松竹]]の製作・配給により公開された。東京でカメラマンの助手として働く息子と、その生活ぶりに落胆する両親との確執を描いた人情コメディ。吉自身も[[タクシー]]運転手役で出演している<ref>最後の方でそのタクシー運転手とは別人の吉幾三本人役でも出演している。</ref>。同時上映は「[[男はつらいよ 寅次郎恋愛塾]]」。
 
90[[1990年代]]に「スーダラ伝説」による植木等再評価ブームに乗り唯一のテレビ放送がなされた。上映後にビデオが発売されたが廃盤となりDVDも未発売である。
 
=== キャスト ===
=== 挿入歌 ===
* 吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」
**
* 新藤栄作「ワッショイ -最後の楽園-」「青春小説」
** 作詞:[[阿久悠]]、作詞:[[森田公一]]
同年10月1日には「上京した主人公が、親に忠告された言葉を思いだす」という設定で書かれた、吉自身の作詞作曲による[[アンサーソング]]「NDA![んだ!]」([[徳間ジャパンコミュニケーションズ|徳間ジャパン]]、TKCA-73354)が発売された。さらに同年11月19日には、ブームのきっかけとなったマッシュアップの作者と吉自身による完全新規レコーディング曲を収録したマキシシングル「IKZO CHANNEL 441.93」(徳間ジャパン、TKCA-73386。「441.93」は「よしいくぞう」の語呂合わせ。)も発売され、吉本人もIKZO名義でプロモーション活動を積極的に行った。
 
しかしその一方で、一連のブームが一段落した2010年の[[歌ネット]]のインタビューでは「(IKZOブームは)全くわからん。何やってんだか。『どうなってるか』っていう説明も受けたくない」という発言も行われている<ref>[http://www.uta-net.com/user/otona/otona_interview/1005yoshi2.html 大人の歌ネット スペシャルインタビュー 第7回 吉 幾三さん](インタビュー日付:2010年3月9日)</ref>。ただし、歌ネット及び2015年の読売新聞のインタビューでも、「若い世代が自身の楽曲に親しんでくれる事自体は良い事」という、2008年時点の基本姿勢には変化はなかった<ref>[https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20150212-OYTEW54802/ [歌手  吉幾三さん]腸の病気と肝炎(3)輸血からC型肝炎に感染 : yomiDr./ヨミドクター] - [[読売新聞]]、2015年2月12日</ref>。
 
2019年9月12日、吉は[[音楽配信]]にて全編[[津軽弁]]の歌詞のラップ「[[TSUGARU]]」をリリースした<ref>{{Cite web |date=2019-09-11 |url=https://www.youtube.com/watch?v=0x_rEXrvLew |title=吉幾三「TSUGARU」コメント |website=YouTube |publisher=徳間ジャパン |accessdate=2020-08-23}}</ref>。同曲は「俺ら東京さ行ぐだ」の流れを直接汲んだ楽曲であると認知されている<ref>[https://www.oricon.co.jp/news/2144293/full/ 吉幾三、「俺ら東京さ行ぐだ」から35年、新方言ラップを配信リリース] - [[オリコン]]</ref>。Youtubeで公開された公式MV<ref>{{Cite web |date=2019-09-11 |url=https://www.youtube.com/watch?v=UVAWjRnMQfM&feature=youtu.be |title=吉幾三「TSUGARU」MV(2019年9月12日配信リリース) |website=YouTube |publisher=徳間ジャパン |accessdate=2020-08-23}}</ref>が2週間で200万再生を超えるなど好評だった事から、同年10月30日にはCDリリースも行われた<ref>[https://www.tkma.co.jp/enka_news_detail/yoshi.html?nid=12753#gsc.tab=0 吉幾三「TSUGARU」にオリジナルバージョンがあった…CD緊急発売決定! / 吉 幾三] - [[徳間ジャパンコミュニケーションズ]]</ref>。

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