「Eclipse (コンピュータ)」の版間の差分

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Eclipse/MV8000 が開発中にイーグルと呼ばれていた点、PAL を採用したことで生産時期が遅れることになった点などを出典と共に追加。
(Eclipse/MV8000 が開発中にイーグルと呼ばれていた点、PAL を採用したことで生産時期が遅れることになった点などを出典と共に追加。)
 
製造上の問題により、Eclipseは[[1970年代]]後半には数々の訴訟の対象となった。データゼネラルの多くの顧客がこの新しいマシンを予約注文したにも関わらず、納入されることがなかったのである。多くの顧客が一年以上待ち続けた末にデータゼネラルを訴え、他の顧客は単に注文を取り消して他のメーカーに流れた。Eclipse は Nova の後継として、発売の翌年には当時の Nova 3 シリーズを縮小/販売停止していく予定だった。しかし、需要が高いために Nova 4 が発売された。当然ながら、その背景には Eclipse の製造問題がある。
 
[[1980年]]、16ビットの Eclipse シリーズは 32ビットの [[Eclipse MV/8000]] に置き換えられた。1981年、MV/8000 の開発にまつわる話をまとめた『[[超マシン誕生]]』''Soul of a New Machine'' (トレイシー・キダー著)が出版され、[[ピューリッツァー賞]]を受賞している。<br>
 開発中「イーグル」と呼ばれていた Eclipse MV/8000 は、小規模なプログラマブルロジックデバイスである[[プログラマブルロジックデバイス#PLD|PAL (Programmable Array Logic) ]] を採用したことで生産時期が遅れることとなった(その時間を有効に使い診断プログラムなどの各種ソフトウェアを通常よりも多く準備することができた)<ref name="cho-machine">{{Cite book|和書
| author= トレイシー・キダー
| translator = 風間禎三郎
| title= 超マシン誕生 コンピュータ野郎たちの540日
| year=1982
| date=1982-10-7
| pages= 354頁, 390頁
| publisher=[[ダイヤモンド社]]|isbn = }}</ref>。
 
Eclipse(=日食)という名称は、データゼネラルの当時の社員の高校生の息子 James Gossel が名づけたと言われている。
== 史実 ==
オリジナルの [[Cray-1]] システムは、保守制御ユニット (MCU) として機能させるためにEclipseを使用していた。2台の[[Ampex]] CRT、80MBのAmpexディスクドライブ、サーマルプリンタ、9トラックテープドライブで構成されていた。その主な目的は、起動時に Cray Operating System {{Enlink|Cray Operating System|英語版}}またはカスタマー・エンジニアリング診断のイメージをダウンロードすることである。起動すると、[[データゼネラルRDOS|RDOS]]ステーションソフトウェアを介してステータスと制御コンソールとして機能した。
 
== 脚注 ==
{{reflist}}
 
[[Category:ミニコンピュータ|えくりふす]]

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