「ヴァイマル共和国期における青年運動」の版間の差分

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ヴァンダーフォーゲルは、他の運動の独自の展開を許さない固い組織力を持つ[[カトリック]]の南部ではなく、主として北部における組織力が弱く、近代化に伴う孤独にさいなまれやすい[[プロテスタント]]系の都市の[[ブルジョワジー|市民階級]]を発生基盤とする現象であり、その心情は[[資本主義]]に反対でありながら同時に[[プロレタリアート]]の[[マルクス主義]]にも馴染めないいわゆる「[[小ブルジョア|中産階級]]的[[社会主義|ソーシャリズム]]<ref>Klemens Von Klemperer, Germany's New Conservatism. Its History and Dilemma in the Twentieth Century. Princeton 1958 p.46.</ref>」であり、この意味でその運動は市民階級出身者自身による市民文化の否定として「社会的共食い」の性格をもつものであった。
==ヴァンダーフォーゲル==
この運動は[[19世紀]]末、[[ヘルマン・ホフマン]] ([[:de:Hermann Hoffmann-Fölkersamb|Hermann Hoffmann]]) という[[ギムナジウム]]で[[速記|速記術]]のクラブを作っていた若い[[学生]]が数人の仲間と語らって[[自然]]地帯を逍遙したのが始まりとされるが、ホフマンの意志を継いで実際にこれを[[ワンダーフォーゲル]]として組織的に展開していったのは、同じ速記会のメンバーでホフマンの右腕として働いていた[[カール・フィッシャー]] ([[:de:Karl Fischer (Wandervogel)|Karl Fischer]]) である。土地測量技師を父にもつ[[ベルリン]]生まれのフィッシャーは、[[第一次世界大戦]]中は[[青島市|青島]]で[[日本軍]]の[[捕虜]]になっていたこともあり、後に[[ナチス・ドイツ|ナチ時代]]には青年運動の功労者としてナチの送金を受けている。
 
リーダーとして後輩に対して[[専制政治|専制君主]]の如く振る舞った「小[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]」のフィッシャーはホフマンによれば、ヒトラーと同じく決して笑いを見せたことがなく[[スパルタ教育|スパルタ的]]鍛練を重んじ自分の強靭さを示すために[[たばこ|タバコ]]の火を自分の腕に押し付けるほどの男で、シュテークリッツの人々は彼を「狂ったフィッシャー」と呼ぶほどだったという。年下の者は[[ナチス式敬礼|手を挙げた「ハイル」の挨拶]]で彼を迎えた。

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