「ファッション」の版間の差分

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仕立屋や裁縫師たちが多くの革新に関与してきたことは間違いないし、[[織物]]産業も確かに数多くの流行を先導したが、ファッションデザインの歴史が始まったとされるのは[[1858年]]、イギリス出身の[[シャルル・フレデリック・ウォルト]]が最初の[[オートクチュール]]店をパリに開いた日である<ref>「衣生活学」(生活科学テキストシリーズ)p26 佐々井啓・大塚美智子編著 朝倉書店 2016年1月20日初版第1刷</ref>。ウォルトはデザイナーによる季節ごとの新デザイン提案、ファッションモデルの起用とファッションショーの開催を行い、現代のファッションシステムの構築とプロのデザイナーの主導的地位をもたらした<ref>「衣生活学」(生活科学テキストシリーズ)p26 佐々井啓・大塚美智子編著 朝倉書店 2016年1月20日初版第1刷</ref>。
 
ウォルト以来19世紀後半から20世紀前半にかけては、紳士服の変化が停滞したのに対し、婦人服は大きく変動した。19世紀までの婦人ファッションの中核長らくオートクチュー[[コセット]]などで体を細く締め上げるもの主流であてきたが、19601906入ると高級既製服である[[プレタ・ポワレ]]が登場コルセット不要のドレスを発表たのちオートクチュール[[第一次世界大戦]]下の[[総力戦]]体制代わって婦人の社会参加が進んだことで活動的・機能的なファッションの中核となっが支持を得て、大戦後にはコルセットは完全に消滅した<ref>「ファッション産業論 衣服ファッションの消費文化と産業システム」p90p87-9189 富澤修身 創風社 2003年10月20日第1版第1刷発行</ref>。
 
ウォルト以来ファッションの中核は長らくオートクチュールが担ってきたが、1960年代に入ると高級既製服である[[プレタポルテ]]が登場し、オートクチュールに代わってファッションの中核となった<ref>「ファッション産業論 衣服ファッションの消費文化と産業システム」p90-91 富澤修身 創風社 2003年10月20日第1版第1刷発行</ref>。また1950年代から1960年代にかけて、[[ジーンズ]]や[[ミニスカート]]に代表される[[ストリートファッション]]が登場し、急速に台頭して一つの大きな潮流となった<ref>「ファッション産業論 衣服ファッションの消費文化と産業システム」p92-93 富澤修身 創風社 2003年10月20日第1版第1刷発行</ref>。
 
== 現代のファッション産業 ==

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