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== 欧州の反応 ==
=== 英仏首脳会談 ===
マーシャルの演説内容は[[英国放送協会|BBC]]の[[ラジオ|ラジオ放送]]によってイギリスにもたらされた<ref>援助構想に関する国内世論の醸成ができていないのではと懸念した米国政府は、演説当日にトルーマンの記者会見を設定して米国の[[報道機関]]の目を逸らした。その一方で、援助対象たる欧州の為政者らには構想が広く伝わることを希望したため、アチソンが英国の報道機関の記者らと食事をした際に、会話の中で援助構想の存在について示唆していた。昼食を共にした1人であるBBC特派員レナード・マイオール (Leonard Miall) は、自身の担当する番組「米国寸評 (American Commentary) 」内で、演説のプレス・リリースを代読して放送した。[http://www.marshallfoundation.org/library/oral_histories_miall_interview.html 「BBC特派員レナード・マイオールへのインタビュー」] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070803202225/http://www.marshallfoundation.org/library/oral_histories_miall_interview.html |date=2007年8月3日 }}(マーシャル財団ホームページ内。聞き手:バーバラ・ヴァンデグリフト)。[http://digicoll.library.wisc.edu/cgi-bin/FRUS/FRUS-idx?type=goto&id=FRUS.FRUS1947v03&isize=M&page=246 ''Memorandum by Mr. Charles P. Kindleberger'', ''FRUS 1947, Vol. III''], pp. 246-247. Acheson, ''Present at the Creation'', p. 234. (邦訳:287頁)</ref>。ラジオを聞いたイギリスの[[アーネスト・ベヴィン]][[外務英連邦大臣|外相]]は直ちに行動を開始した。ベヴィンは翌日、[[クレメント・アトリー]][[イギリスの首相|首相]]と面会し、援助の受け入れについて協議した。この時点では、ハーヴァード演説がアメリカの国策としてなされた提案なのか否かすらも明確でなかったが、アトリーは援助受け入れを即断し、本件に関する事務をベヴィンに一任した。これを受けベヴィンは[[ダフ・クーパー]][[:en:Duff Cooper|(Alfred Duff Cooper]])駐フランスイギリス大使に電報を打ち、フランスの[[ジョルジュ・ビドー]]外相との会談の段取りを整えるよう命じた。
 
英仏首脳会談は6月17日から[[パリ]]で開催された。両国は共に、援助の詳細を決めるに当たって主導権を掌握し、自国の存在感を高めたいとの思惑を持ちながら会談に臨んだ<ref>[[フランス駐箚アメリカ合衆国大使|駐仏大使]][[ジェファーソン・キャフェリー|キャフェリー]]は会談の前日、マーシャルに宛てて電報を送信した。それによると、ビドーはベヴィンの訪仏について、ショーで良い役を取ろうとするベヴィンの欲求の表れと解釈されるため好ましくないとキャフェリーに語った。しかし、そう語るビドー自身がよい役を取ろうとしているようであったという。[http://digicoll.library.wisc.edu/cgi-bin/FRUS/FRUS-idx?type=goto&id=FRUS.FRUS1947v03&isize=M&page=255 ''The Ambassador in France (Caffery) to the Secretary of State'', ''FRUS 1947, Vol. III''], pp. 255-256. </ref>。