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#'''葬送曲''' ''Funérailles''
#'''葬送曲''' ''Funérailles''
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#:<全体の構成>
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#:001 - 023 小節:前奏部。鐘の音と共に葬送の歩みが視覚的に描写され、死の悲しみが爆発する。トゥッティで悲しみの絶頂に至った後、トランペットによるファンファーレと共に葬送の会場へと歩みが進められる。
#:024 - 055 小節:葬送行進曲。低音の旋律と葬送行進曲の伴奏で静かに始められ、旋律が上声に移り高揚する。
#:024 - 055 小節:葬送行進曲。低音の旋律と葬送行進曲の伴奏で静かに始められ、旋律が上声に移り高揚する。
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#:ラマルティーヌの詩「涙、または慰め」が掲げられている<ref name="Howard" />。
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#'''愛の賛歌''' ''Cantique d'amour''
#'''愛の賛歌''' ''Cantique d'amour''
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== 改訂の歴史 ==
== 改訂の歴史 ==

2019年8月10日 (土) 03:19時点における版

詩的で宗教的な調べフランス語Harmonies poétiques et religieusesS.173 は、フランツ・リスト1853年に完成させた10曲からなるピアノ曲集である。アルフォンス・ド・ラマルティーヌの同名の詩集に着想を得て作曲された。現在よく演奏される版は第3稿 S.173であり、単一曲である S.154、組曲としての第1稿 S.171d、第2稿 S.172a、第3稿 S.173、と最終版に至るまで再考を重ね、数多くの大きな変更・見直しと共に永く温められてきた曲であることから、彼の特別な思い入れが伝わる経緯を持っている。

第3曲〈孤独の中の神の祝福〉及び第7曲〈葬送曲〉が有名で、しばしば単独で取り上げられる。

概要

1834年、若きリストはラマルティーヌの詩集に感銘を受け《詩的で宗教的な調べ》を作曲、翌年音楽雑誌『ガゼット・ミュジカル』の付録として発表した。これは現在知られている曲集ではなく単一の楽曲であり、曲集第4曲〈死者の追憶〉の原型である。その後、1845年に曲集としての《詩的で宗教的な調べ》の初稿が書かれ、1847年、1853年と二度の改訂を経て現在の形となった[1](改訂については「改訂の歴史」の節を参照)。

晩年のリストは宗教的・瞑想的な作品を多く書いているが、この曲集はリストのそうした面が若い頃から備わっていたことを示している[2]

カロリーネ・ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人に献呈。演奏時間は全曲で約80分前後。最も長大な〈孤独の中の神の祝福〉は約17分だが、3~5分ほどの曲も数曲あり、規模のばらつきが激しい。

各曲

曲集には序文としてラマルティーヌの詩が掲げられており、更に第1,3,9曲にもそれぞれラマルティーヌの詩が付されている[3]

  1. 祈り Invocation
    精緻でありながら気高い響きを持ち、曲集の幕開けにふさわしい。リストが宗教曲で好んで用いたホ長調で書かれている[4]
  2. アヴェ・マリア Ave Maria
    彼自身による同名の合唱曲より編曲[4]
  3. 孤独の中の神の祝福 Bénédiction de Dieu dans la solitude
    曲集の中で次の第4曲と共に約15分を要する曲であり、リストの宗教的・内省的な側面を象徴する傑作と評される[1]。ラマルティーヌの同名の詩「おお、神よ、私を包み込むこの平安はどこから来るのか。私の心に満ちあふれる信仰はどこから来るのか……」が掲げられている[3]。曲は美しく瞑想的な嬰ヘ長調の主題をしばらく変容させ、軽やかなニ長調、穏やかな変ロ長調の部分を経て、やがて回帰した最初の主題が情熱的に高揚して終わる[5]。終結部では回想の中にモティーフの反行型を挟み、静かに消え入る。
  4. 死者の追憶 Pensée des morts 
    賛歌 第129番「深き淵」の歌詞が付与された部分の楽譜
    1834年の単独作品「詩的で宗教的な調べ」が原曲。後半より、賛歌 第129番「深き淵」を用いた展開が現れ、この賛歌は、彼の未完曲であるピアノと管弦楽のための詩篇「深き淵」でも扱われた素材であった[4]。ベートーヴェンの例があるように、この曲において、ピアノ独奏曲の楽譜であるのにかかわらず、賛歌が現れる冒頭には賛歌のラテン語歌詞が書き添えられている(下記が書き込まれている歌詞の部分)。
    賛歌 第129番 "De profundis" 「深き淵」
     De profundis clamavi, ad te Domine;
     Domine, exaudi vocem meam.
     fiant aures tuae intendentes                 
     in vocem deprecationis meae.
     深い淵の底から、主よ、あなたを(次のように)呼び求めます;
     主よ、この声を 聞き取ってください。
     嘆き 祈るわたしの声に
     耳を 傾けてください。
  5. 主の祈り Pater Noster
    彼自身による同名の合唱曲より編曲[4]
  6. 眠りから覚めた子供への賛歌 Hymne de l'enfant à son réveil
    彼自身による同名の合唱曲より編曲[4]
  7. 葬送曲 Funérailles
    曲集の中ではおそらく最もよく知られた作品で、弔いの鐘を模したと言われる序奏や中間部の強烈な連続オクターブが有名[6]。「1849年10月」との副題が掲げられているが、1848年革命の余波を受けたハンガリー革命の失敗により、1849年10月にリストの知人が多く処刑され、祖国のために命を散らした者たちへの葬送曲と見なされている[1]。標題は複数形で”Funérailles”と表記されており、複数の知人にたむけられた葬送曲であるという意味以外に、同じ1849年10月に死去したショパンへの葬送曲という意味を重ねられているとも見做されている。曲の構成を見ると、ショパンの葬送曲(ピアノソナタ第2番 変ロ短調 作品35 第3楽章)と同じくショパンのポロネーズ第6番変イ長調 作品53 「英雄」の2作品を連想させる音楽となっている。曲の全体を通して、偶成和音により増3和音を多用することで、短調の中では悲劇的に、長調の中では幻想的に、印象的な効果を出すことに成功している。
    <全体の構成>
    001 - 023 小節:前奏部。鐘の音と共に葬送の歩みが視覚的に描写され、死の悲しみが爆発する。トゥッティで悲しみの絶頂に至った後、トランペットによるファンファーレと共に葬送の会場へと歩みが進められる。
    024 - 055 小節:葬送行進曲。低音の旋律と葬送行進曲の伴奏で静かに始められ、旋律が上声に移り高揚する。
    056 - 108 小節:亡き人との生前の美しい思い出の回想部分。ショパンの夜想曲を彷彿とさせる中間部分。ショパンの葬送曲(ピアノソナタ第2番 変ロ短調 作品35 第3楽章)と同じく、悲劇的な葬送曲の中間に、幸せだった時の回想を挟むという構成が採られている。旋律A(ソプラノ)、旋律B(アルト)、旋律A(ソプラノ)の構成で盛り上がる。
    109 - 155 小節:亡き人との生前の栄光を讃えるファンファーレ。ショパンのポロネーズ第6番変イ長調 作品53 「英雄」の有名な中間部と非常に酷似しており、真のバス音でない和音の第5音に至る行進の伴奏形、オクターヴの連続による技巧的な伴奏パッセージ、伴奏から始まり遠くから長いクレッシェンドで近づいて来るラッパの音、3度転調で高揚する手法(「英雄ポロネーズ」と異なる種の3度転調を用いている)から、「英雄ポロネーズ」を暗示させる多くの要素が認められる。最後に、オクターヴの連続による5小節のカデンツァを経る。
    156 - 176 小節:前奏部の後の葬送行進曲の展開。今回は最初からトゥッティで、亡き人に対する悲しみの感情の大きさを表現する。
    177 - 184 小節:回想部分の再帰。今回は音域が更に高く、「非常に遅く」と書かれ、フェルマータを挟み、時間の流れが弛緩する。
    185 - 192 小節:終結部。中間のファンファーレ部分を用い、短い時間で劇的なクレッシェンドをさせることで悲しみを再度露呈させ、亡失感を残して終わる。
  8. パレストリーナによるミゼレーレ Miserere, d'après Palestrina
    リストがシスティーナ礼拝堂で聞いたパレストリーナの旋律によると伝えられるが、実際にはパレストリーナによるものではない[4]
  9. 無題(アンダンテ・ラクリモーソ) (Andante lagrimoso)
    ラマルティーヌの詩「涙、または慰め」が掲げられている[4]
  10. 愛の賛歌 Cantique d'amour
    技巧的な曲で、リストは各地で好んで演奏したとされる[7]。また、リストのピアニズムを意欲的に学んで吸収したチャイコフスキーがそのピアノ協奏曲 第1番において、この曲の華麗で演奏効果の高いピアニズム(上行するアルペジオと和音によって奏でられる旋律、広い音域で奏でられる和音による盛り上がりなど)と非常に似たピアニズムが発揮されている。


改訂の歴史

  • 1834年 単独作品《詩的で宗教的な調べ》 S.154
    • 曲集第3稿〈死者の追憶〉の原曲。曲の半分まで調号拍子記号が書かれておらず主題も明らかでない、未解決のまま終結するなど、リスト晩年の様式を彷彿とさせる革新的な和声法をこの時期既に用いていたことは注目される[1][4]
  • 1845年 曲集《詩的で宗教的な調べ》初稿 S.171d
    • 保管されていたスケッチブックから発見され、2001年に出版された。第1曲に〈孤独の中の神の祝福〉の原形となる素材が見受けられるが、以降の稿に受け継がれていない曲が多い[8]
  • 1847年 曲集《詩的で宗教的な調べ》第2稿 S.172a
  • 1853年 曲集《詩的で宗教的な調べ》第3稿(最終稿) S.173

第2稿と第3稿の比較

以下の表は、左の曲が右の曲へと改訂されたことを示している。すなわち、第2稿の第2-4,10曲は第3稿には引き継がれなかった。一方、第3稿の第2,7,10曲はそれまでの稿にない追加曲である。曲順やタイトルも多くが異なっている[9]

曲集《詩的で宗教的な調べ》第2稿 曲集《詩的で宗教的な調べ》第3稿
1.無題 1.祈り Invocation
2.夜の賛歌 Hymne de la nuit
3.朝の賛歌 Hymne du matin
4.マリアの連祷 Litanies de Marie
5.無題 8.パレストリーナのミゼレーレ
Miserere d'après Palestrina
6.主の祈り―教会の讃美歌による
Pater noster, d'après la Psalmodie de l'Église
5.主の祈り Pater noster
7.眠りから覚めた子供への賛歌
Hymne de l'enfant à son réveil
6.眠りから覚めた子供への賛歌
Hymne de l'enfant à son réveil
8.無題 4.死者の追憶 Pensée des morts
9.教会の灯火 La lampe du temple 9.無題(アンダンテ・ラクリモーソ)
(Andante lagrimoso)
10.無題
11.無題 3.孤独の中の神の祝福
Bénédiction de Dieu dans la solitude
2.アヴェ・マリア Ave Maria
7.葬送曲 Funérailles
10.愛の賛歌 Cantique d'amour

出典

  1. ^ a b c d e 福田弥『作曲家 人と作品シリーズ リスト』音楽之友社、2005年、166-168頁。 
  2. ^ 『名曲ガイド・シリーズ12 器楽曲 下』音楽之友社、1984年、230頁。 
  3. ^ a b Victor and Marina A. Ledin (1997). Philip Thomson "Liszt Complete Piano Music, Volume 3" (CD booklet). Naxos.
  4. ^ a b c d e f g h Leslie Howard (1990). Leslie Howard "Harmonies poétiques et religieuses" (CD booklet). Hyperion.
  5. ^ 小石忠男 『クラウディオ・アラウピアノソナタ ロ短調』CD解説、フィリップス、1978年。
  6. ^ Ben Arnold (2002). The Liszt Companion. Greenwood Publishing Group. pp. 90-91 
  7. ^ 『最新名曲解説全集15 独奏曲II』音楽之友社、1981年、435頁。 
  8. ^ 曲数、曲順、タイトル等が資料によって異なっており、不明な点が多い。
  9. ^ a b Leslie Howard (1997). Leslie Howard "Litanies de Marie" (CD booklet). Hyperion.

外部リンク