「皇位継承」の版間の差分

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(→‎剣璽等承継の儀: 明仁様が上皇となられて、今上天皇でなくなったため、当該箇所を変更しました)
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[[光格天皇]]以後は、[[仁|今上天皇]]まですべて皇統直系の男系男子により皇位継承が行われて現在に至っている。
 
[[日本近代史|近代]]に入り、[[明治天皇]]の治世の時に「[[退位]]禁止」と「[[養子縁組|養子]]禁止」と「直系男子への皇位継承優先」について定めた[[皇室典範 (1889年)|旧皇室典範]]が[[1889年]]([[明治]]22年)に制定された。
また、皇室典範には即位の礼を行う定めがあるにも拘らず、内容についての具体的な規定はされていない。
 
そのため、[[昭和天皇]][[崩御]]に伴う[[太子]][[明仁|皇太子明仁親王]]の即位の礼は、廃止された旧登極令及び同附式を踏襲する形で執り行われている。
 
以下の皇位継承儀式は、[[明仁|皇太子明仁親王]](第125代天皇)の皇位継承に際するものである。
 
{{main|即位の礼}}
これは皇位の証として伝わる[[三種の神器]]のうち、剣と璽を[[大行天皇]](追号が定められるまでの前天皇の呼称)から承継するもので、剣については宮中にある天叢雲剣の複製品を用い、神璽は本物とされる八尺瓊勾玉を用いる。同時に[[国璽]]と[[御璽]]の承継も行われる。
 
[[1989年]](昭和64年)[[1月7日]]、[[皇太子明仁|今上天皇]]親王の皇位継承に際しては、[[昭和天皇]]崩御直後、同日午前10時1分より[[皇居]]正殿松の間で執り行われた。国民代表として、[[内閣総理大臣]](当時:[[竹下登]])、[[最高裁判所長官]](当時:[[矢口洪一]])、[[衆議院]]・[[参議院]]両院議長(当時:[[原健三郎]]、[[土屋義彦]])の、[[行政]]・[[司法]]・[[立法]]の[[三権]]の長、全[[閣僚]](当時:[[竹下内閣 (改造)|竹下改造内閣]])などが参列した。明仁天皇は[[藤森昭一]][[宮内庁長官]](当時)らに先導され、皇族を従え、松の間に出御し、参列者に向かい合う形で正面の席に着き、剣璽及び国璽・御璽を[[侍従]]が明仁天皇の前にある机に置く短時間の儀式が執り行われた。
 
=== 皇霊殿神殿に奉告の儀 ===
| [[昭和天皇]] || [[皇太子]][[明仁親王]] || 第一皇子 || 一世親王 || 昭和64年(1989年)1月7日 || 崩御による皇位継承。
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| [[上皇明仁]] || [[皇太子]][[徳仁親王]] || 第一皇子 || 一世親王 || 令和元年(2019年)5月1日 || 平成31年(2019年)4月30日、今上天皇が天皇の務めを果たすことが高齢につき困難になったことを理由に譲位。これを受けて即位。
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|}
{{日本の皇位継承権者}}
 
{{DEFAULTSORTデフォルトソート:こういけいしよう}}
[[Category:皇位継承|*]]
[[Category:王位継承]]

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