「桜花 (航空機)」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
(出典つきで加筆)
その運用思想に嫌悪感を覚えたアメリカ軍であったが、兵器としての有効性に対しては強い懸念を示し、早速鹵獲した桜花を本国に送り、アメリカ技術航空情報センターで徹底した調査が行われている。この報告書を戦後に見た桜花設計技術者の[[三木忠直]]に「桜花設計時に作った設計書より遥かに詳しい」と言わしめたほどに詳細な調査であった<ref name="jinrai_233"/>。
 
その後に桜花が駆逐艦[[マナート・L・エベール (駆逐艦)|マナート・L・エベール]]を撃沈するとその懸念が現実化する事となり、アメリカ軍はマナート・L・エベールのオールトン・E・パーカー艦長と副長と砲術長に25Pにもなる長文の詳細な戦闘記録を作らせ、TOP-SECRET扱いとし徹底的に分析している。その報告書には「それは今まで目にしたどんな飛行機よりも速かった。プロペラやエンジンは見かけられなかったので、この機体はジェットかロケットを推力にしているものと思われた。」と記述してあった<ref>デニス・ウォーナー『ドキュメント神風下巻』時事通信社 P.97</ref>。マナート・L・エベールと同日に桜花が命中しながら、あまりの威力に艦体を突き抜けた為、撃沈を免れた{{仮リンク|スタンリー (駆逐艦) |en|USS Stanly (DD-478)}}の砲術長は「このミサイルが艦艇装備の自動火器の射程距離範囲内まで接近したならても、何物もその突進を停止させたり、その方向を変換させるのは無理である」と述べている<ref name="kamikaze_102"/>。
 
その設計思想と費用対効果の低さにより今日の日本では極めて評価が低い桜花であるが、鹵獲した桜花の調査結果や、また被害艦の戦闘報告を詳細に検証した当時のアメリカ海軍は、桜花をもっとも危険な兵器で、アメリカ軍の砲手やパイロットらにとってこれまでに遭遇したもっとも手におえない攻撃目標であると考えた<ref name="kamikaze_102"/>。[[ピューリッツァー賞 一般ノンフィクション部門]]を受賞したアメリカの戦史研究家[[ジョン・トーランド]]は、当時のアメリカ軍艦隊全体の状況として「桜花を『BAKA』と蔑んでみても、アメリカ軍艦隊全体に広まった恐怖は決して和らぐことはなかった。」と述懐している<ref>[[ジョン・ト―ランド]]『大日本帝国の興亡』第4巻神風吹かず 早川書房 電子版P.4438</ref>。
11,660

回編集

案内メニュー