「ルキウス・ドミティウス・アウレリアヌス」の版間の差分

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'''アウレリアヌス'''(Aurelianus, 男性, [[214年]][[9月9日]] - [[275年]])は古代[[ローマ帝国]]の[[ローマ皇帝|皇帝]]([[270年]] - [[275年]])。軍人出身。
 
'''ルキウス・ドミティウス・アウレリアヌス''' (Lucius(Lucius Domitius Aurelianus ) Aurelianus)は皇帝[[ヴァレリアヌス]]によって抜擢され、皇帝[[クラウディウス・ゴティクス|ゴティクス]]の下では騎兵の総司令官を勤めていた。久々のローマ人の魂をもった皇帝と讃えられる。
 
[[パルミュラ]]攻略によって知られる。なお、クラウディウス・ゴティクスと共に[[ガリエヌス]]の暗殺に関わったという説もある。
[[旧約聖書]]の[[ダニエル]]書の中で預言されていた北の王の一人でもある。
 
蛮族の侵入、ローマ帝国の分裂という危機的な状況の中、危機に強い優秀な軍人という理由で軍によって皇帝に推挙される。ローマ帝国の衰退により防衛が不可能になってきた[[ダキア]]を蛮族である[[ゴート族]]に譲渡。これにより[[ドナウ川]]流域の安定を確保した。[[261年]]ローマ帝国から事実上独立していた[[パルミュラ|パルミュラ王国]]征伐に乗り出し翌年女王[[ゼノビア]]を降伏させる。さらに翌[[263年]]にはガリア帝国へ出兵、ほぼ無血で皇帝テトリクスを軍門に降らせた。こうしてアウレリアヌスは三分されていた帝国を再統一することに成功したのである。彼は広い視野を持ち、堅実な治世を行った。しかし、[[ササン朝ペルシア]]への遠征に向かう途中、叱責した秘書エロスが身の危険を感じ、仕組んだ謀略により味方に暗殺された。アウレリアヌスの死後、秘書エロスの謀略は露見しエロスは処刑された。現在残っているローマ市の城壁([[アウレリアヌス城壁]])は、彼の命によって建設されたものである。<br>
[[261年]]ローマ帝国から事実上独立していた[[パルミュラ|パルミュラ王国]]征伐に乗り出し翌年女王[[ゼノビア]]を降伏させる。<br>
さらに翌[[263年]]にはガリア帝国へ出兵、ほぼ無血で皇帝テトリクスを軍門に降らせた。こうしてアウレリアヌスは三分されていた帝国を再統一することに成功したのである。<br>
彼は広い視野を持ち、堅実な治世を行った。しかし、[[ササン朝ペルシア]]への遠征に向かう途中、叱責した秘書エロスが身の危険を感じ、仕組んだ謀略により味方に暗殺された。アウレリアヌスの死後、秘書エロスの謀略は露見しエロスは処刑された。<br>
現在残っているローマ市の城壁([[アウレリアヌス城壁]])は、彼の命によって建設されたものである。
 
== 参考文献 ==
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