コンテンツにスキップ

「明治維新」の版間の差分

=== 岩倉使節団の影響 ===
[[image:Iwakura mission.jpg|thumb|200px|左から[[木戸孝允]]、[[山口尚芳]]、[[岩倉具視]]、[[伊藤博文]]、[[大久保利通]]]]
[[1871年]][[12月23日]]から[[1873年]][[9月13日]]にかけて<ref>「岩倉使節団という冒険」p220 泉三郎 文藝春秋 平成16年7月20日第1刷</ref>維新[[政府]]は不平等条約改正ならびに西洋の諸制度を研究するため[[岩倉具視]]を正使、[[大久保利通]]・[[木戸孝允]]・[[伊藤博文]]らを副使とする[[岩倉使節団]]を欧米へ派遣した。使節団は[[条約]]改正には失敗するものの、西洋の諸制度の研究・吸収には成功し、この後の[[維新]]の動きに大きな影響を与えた。一方、日本国内においては「[[留守政府]]」と呼ばれた日本残留組の[[西郷隆盛]]・[[井上馨]]・[[大隈重信]]・[[板垣退助]]・[[江藤新平]]・[[大木喬任]]らの手によって、次々と改革は進んでいった。このような改革には積極的に西洋文明の先進制度が取り入れられ、その過程で、「[[お雇い外国人]]」と呼ばれる外国人が、技術指導、教育分野、官制・軍制整備など様々な分野で雇用され、[[近代国家]]建設を助けた。
 
=== 改革された諸制度 ===
123

回編集