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「斎藤佑樹」の版間の差分

== 選手としての特徴 ==
[[ファイル:SaitoYuki01.jpg|thumb|240px|斎藤の投球フォーム(2006年)]]
[[オーバースロー]]から投げる平均球速約139kmの[[速球|ストレート]]と[[スライダー (球種)|スライダー]]<ref name="ama200923">『アマチュア野球』第23号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、32頁。</ref>、[[フォークボール]]、[[速球#ツーシーム・ファストボール|ツーシーム]]、[[カット・ファスト・ボール|カットボール]]を軸とし、稀に[[チェンジアップ]]<ref name="ama200923"></ref>や[[カーブ (球種)|カーブ]]を混ぜる投球を見せる<ref name="ama201029">『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、4-6頁。</ref>。打球がゴロになりやすい投球で、2012年には全打球の半分以上をゴロにしている<ref>{{Cite book|和書|author=|year=2013|title=野球太郎 No.004 プロ野球12球団選手名鑑|publisher=廣済堂出版|pages=97頁|id=ISBN 978-4-331-80228-1}}</ref>。「アマチュア時代の経験が感覚を研ぎ澄ませてくれた」と言い<ref name="df51">『週刊プロ野球データファイル』2012年54号、ベースボール・マガジン社、雑誌27204-12/26、5-6頁。</ref>、ボールをリリースする直前に「打たれる」と思った瞬間、身体が反射的に反応してボール球を投げる「危険察知能力」を強みとし<ref name="df51"></ref>、2012年は得点圏での被打率が低かった<ref name="df51"></ref>。2012年には、ストレートの空振り率が2パーセントと一軍では最低レベルの数値を記録した球威不足のため、初球のストライク率が低いボール先行の投球となり<ref>{{Cite book|和書|author=|year=2013|title=2013 プロ野球オール写真選手名鑑|publisher=日本スポーツ企画出版社|pages=108頁|id=ISBN 978-4-905411-11-6}}</ref>、2014年まで通算与四球率3.54と制球に苦しんでいる。
 
大学時代は投球の半分近くを低めに集める制球力を武器としてきてきた<ref name="df51"></ref>。大きな注目を集めるきっかけとなった高校時代の投球は、当時の日本プロ野球を代表する投手だった[[松坂大輔]]から「考えて投げているのが分かる。プロでも、あそこまでイメージして投げている投手はなかなかいないんじゃないですか」と評され<ref>[http://highschool.nikkansports.com/2006/koshien/news/p-hb-tp1-20060823-0002.html 西武松坂、佑ちゃん「プロですぐ通用」]日刊スポーツ、2006年8月23日。</ref>、同じく当時の[[メジャーリーグベースボール|メジャーリーグ]]を代表する左腕投手だった[[ヨハン・サンタナ]]からは「変化球がいいね。打者へのアプローチが違う。すごい! いつの日かこっちでプレーするのを見たいねえ」と評された<ref>[http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/29456.html 「ベネズエラのハンカチ王子」][[鉄矢多美子]]『Field of Dreams』日刊スポーツ(2007年01月18日)</ref>。上述の高校3年夏の甲子園の決勝戦だけでなく、同年の[[全国高等学校野球選手権西東京大会|西東京予選]]の決勝戦でも221球投げた。また、大学4年間で故障や病気で離脱したことはなく、練習を休んだこともなかった<ref name="ama201029"></ref>。高校2年までは被安打や味方の[[失策]]からマウンド上で感情を表に出すこともあったが、早稲田実業野球部のOBから「投手がマウンド上で怒って、何か得をするのか?」と言われ、以来あまり表情を変えないようにしている<ref name="Yume3">{{Cite news|first=|last=|author=|coauthors=|url=http://sankei.jp.msn.com/sports/baseball/101211/bbl1012111707004-n1.htm|title=「ハンカチ王子」からの脱却 人気で熱さ封印も「スマートにやりすぎた」|work=|newspaper=産経新聞|publisher=産経新聞|pages=|page=|date=2010-12-11|accessdate=2010-12-24|language=}}</ref>。また、高校2年春の甲子園で打ち込まれたことをきっかけに、早稲田大学の先輩である佐竹功年を参考に膝を折り曲げて腰の位置を強制的に落とす投球フォームに改造したことで球質が向上した<ref name="Yume2"/>。フォーム改造に一役買ったのは[[宮本賢]](当時早稲田大学野球部主将・後にプロでチームメイトになった)の助言であるという<ref>[[和泉実]](早稲田実業学校野球部監督)の手記による</ref>。
 
== 人物 ==
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