「オーブナ」の版間の差分

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==歴史==
5世紀から、丘は代々のル・ピュイ司教と地元民たちの間で、軍事施設建設のための粘り強い争いの対象となってきた。最終的に、ル・ピュイ司教が長い対立の勝利者となり、1084年にこの新たな領地(アルデシュ山地から現在の[[アルデシュ県]]西部まで)がモントロール男爵の封土として授けられた。
 
1441年までオーブナを治めたモントロール男爵家は塔と城壁、周囲を堀で囲んだ2本の円柱塔を持つ城を建設した。したがって、オーブナ住民が都市の経済成長が領主に基を発して『モントロールの都市』(la cité des Montlaur)と呼ぶというだけでなく、むしろ住民の社会的・具体的な成長に基を発している。彼らのモットーは『最高のモントロール』(Montlaur, au plus haut!)であった。
 
[[ルネサンス]]時代、オーブナは[[新教徒]]の町となった。第3次[[ユグノー戦争]]後、オーブナは王軍をその城壁内に立ち入らせなかった。しかし、モントロール侯爵夫人の夫で[[フランス元帥]]のジャン=バティスト・ドルナノは1628年から最初のドラゴネード([[:fr:Dragonnades|fr]]、武力によって[[ユグノー]]に改宗を迫った軍人、特に[[竜騎兵]])組織者となった。彼は500人の兵士たちをオーブナ、ヴァル=レ=バンやその周辺に露骨に配置し、毎週[[日曜日]]の[[ミサ]]に異端者の群れを強制的に導く指令を出した。これによって1629年、これら都市での再改宗は完了した。
 
==姉妹都市==
29,293

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