「ルール地方」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
「ドルフース」の暗殺と「アンシュルス」を加筆。lk
(「ルール占領」に加筆。lk)
(「ドルフース」の暗殺と「アンシュルス」を加筆。lk)
 
==== 第二次世界大戦への道 ====
[[1934年]][[6月30日]]に「[[長いナイフの夜]]」事件で、[[エルンスト・レーム|レーム]]、[[グレゴール・シュトラッサー|シュトラッサー]]、[[クルト・フォン・シュライヒャー|シュライヒャー]]らが暗殺される。[[7月25日]]にヒトラーと対立していた[[オーストリア]]の[[エンゲルベルト・ドルフース]][[連邦首相 (オーストリア)|首相]]([[オーストロファシズム]])が[[ウイーン]]で[[オーストリア・ナチス党]]員によって暗殺された。[[10月9日]]に[[ユーゴスラビア王国|ユーゴスラビア国王]][[アレクサンダル1世 (ユーゴスラビア王)|アレクサンダル1世]]とフランス[[外務大臣 (フランス)|外相]]{{仮リンク|ルイ・バルトゥー|fr|Louis Barthou|en|Louis Barthou}}が、[[内部マケドニア革命組織]]の{{仮リンク|ヴラド・チェルノゼムスキ|en|Vlado Chernozemski}}によって[[マルセイユ]]で暗殺された<ref name="shiba1998">{{Cite book
|author=[[柴宜弘]]
|date=1998年10月
|location=日本、東京
|id=ISBN 978-4842055510
}}pp.91-93</ref>({{仮リンク|アレクサンダル1世とルイ・バルトゥー暗殺事件|fr|Assassinat du roi Alexandre Ier et de Louis Barthou}})。[[1935年]]の[[ドイツ再軍備宣言]]後は、抑制されてきた[[軍需産業]]も急速に復興していき、[[1936年]]には失業問題は解決し、ルール地方も含む[[非武装地帯]]とされた[[ラインラント]]への軍事進駐([[ラインラント進駐]])を開始した。[[1938年]][[2月20日]]にイギリスの[[アンソニー・イーデン|イーデン]][[外務・英連邦大臣|外相]]が、[[ネヴィル・チェンバレン]][[イギリスの首相の一覧|首相]]の対ドイツ・イタリア[[宥和政策]]に反対して辞任、政変に揺れるフランスでも{{仮リンク|カミーユ・ショータン|fr|Camille Chautemps}}が辞任して[[レオン・ブルム]]が新[[フランスの首相|首相]]に就任した[[3月13日]]に、外交的空白を突いてドイツによるオーストリア併合([[アンシュルス]])が行なわれた。
{{-}}
=== 第二次世界大戦 ===
2,834

回編集

案内メニュー