「デクマヌス・マクシムス」の版間の差分

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'''デクマヌス・マクシムス'''({{lang-la|Decumanus Maximus}})は、[[古代ローマ]]の[[都市]]の中心部を東西に貫く基幹[[道路]]のことを指す。[[カストラ]]や{{仮リンク|コロニア|en|Colonia (Roman)}}などでは、デクマヌス・マクシムスの敵に近い方向の市街地境界の門をプラエトリア門、反対側の門をデクマナ門と呼ぶこともあった。
'''デクマヌス・マクシムス'''({{lang-la|Decumanus Maximus}})は、[[古代ローマ]]の[[都市]]の中心部を東西に貫く基幹[[道路]]のことを指す。[[カストラ]]や[[コロニア (古代ローマ)|コロニア]]などでは、デクマヌス・マクシムスの敵に近い方向の市街地境界の門をプラエトリア門、反対側の門をデクマナ門と呼ぶこともあった。


都市の中心付近で、南北方向の基幹道路である[[カルド・マクシムス]]と交差しており、[[フォルム]](公共広場)がその付近に造られることが多かった。
都市の中心付近で、南北方向の基幹道路である[[カルド・マクシムス]]と交差しており、[[フォルム]](公共広場)がその付近に造られることが多かった。

2015年1月14日 (水) 02:51時点における版

1:フォルム, 2:カルド・マクシムス, 3:デクマヌス・マクシムス (※ 図の上を北とする)

デクマヌス・マクシムスラテン語: Decumanus Maximus)は、古代ローマ都市の中心部を東西に貫く基幹道路のことを指す。カストラコロニアなどでは、デクマヌス・マクシムスの敵に近い方向の市街地境界の門をプラエトリア門、反対側の門をデクマナ門と呼ぶこともあった。

都市の中心付近で、南北方向の基幹道路であるカルド・マクシムスと交差しており、フォルム(公共広場)がその付近に造られることが多かった。

また、東西の通りのことを単にデクマヌスとも呼んでいた。

関連項目

参考文献