「将棋」の版間の差分

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==== 平安将棋 ====
将棋の存在を知る文献資料として最古のものに、[[藤原行成南北朝時代]](ふじわらのゆきなり(こうぜい))がされた『[[麒麟抄]]』があり、この第7巻には駒の字の書き方が記されているが、この記述は後世に付け足されたものであるという考え方が主流である。[[藤原明衡]](ふじわらのあきひら)の著とされる『[[新猿楽記]]』(1058年 - 1064年)にも将棋に関する記述があり、こちらが最古の文献資料と見なされている。
 
[[考古資料]]として最古のものは、[[奈良県]]の[[興福寺]]境内から発掘された駒16点<ref>増川宏一『将棋の駒はなぜ40枚か』(集英社、ISBN 4-08-720019-1)、12 - 15ページ。出土資料そのものについては『木簡研究』16号(1994年)、「奈良・興福寺旧境内」(26ページ)参照。</ref>で、同時に[[天喜]]6年(1058年)と書かれた[[木簡]]が出土したことから、その時代のものであると考えられている。この当時の駒は、木簡を切って作られ、直接その上に文字を書いたとみられる簡素なものであるが、すでに現在の駒と同じ五角形をしていた。また、前述の『新猿楽記』の記述と同時期のものであり、文献上でも裏づけが取られている。
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