「スターリング・ヘイドン」の版間の差分

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(フィルモグラフィ)
[[第二次世界大戦]]が始まると、COI(後の[[Office of Strategic Services|OSS]]<ref>[http://www.cnn.com/2008/US/08/14/spies.revealed.ap/index.html ''Chef Julia Child, others, part of WWII spy network''], Associated Press. CNN.com, August 14, 2008.</ref><ref>Schlesinger Robert, [http://www.usnews.com/articles/opinion/2008/08/20/arthur-schlesinger-jrs-not-so-secret-career-as-a-spy.html "Arthur Schlesinger Jr.'s Not-So-Secret Career as a Spy : My father's OSS records reveal no James Bond, but a World War II career like so many others"], US News and World Report, August 20, 2008</ref>)に志願して映画界から離れることになる。COIでは偽名を名乗り、[[ユーゴスラビア]]で[[パルチザン (ユーゴスラビア)|パルチザン]]のゲリラ活動を支援する任務につく。
 
戦後、[[マッカーシズム]]が台頭して[[下院非米活動委員会]]が結成され、ハリウッドにおける[[共産主義者]]のリストアップを開始すると、大戦中にユーゴスラビアの[[チトー]]など共産主義者たちと交流を持っていたヘイドンにも追及の手が伸びる。ヨットを購入した借金の返済をするために映画界への復帰を願っていたヘイドンは、追及をのがれるために協力的密告者として証言台に立ち、そのことが後の彼の人生に暗い影を落すことになる。
 
[[ターザン]]役をオファーされるが断り、[[ジョン・ヒューストン]]監督の『[[アスファルト・ジャングル]]』に主演。以後、[[1950年代]]アメリカ映画を象徴する[[フィルム・ノワール]]と[[西部劇]]のスターとして活躍するようになり、[[スタンリー・キューブリック]]や[[ニコラス・レイ]]といったこの時代を代表する監督たちの作品にも主演した。
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