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「ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団」の版間の差分

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戦後、[[1967年]]には[[ルドルフ・ケンペ]]が首席指揮者に就任。堅実な指揮ぶりと長身で紳士的な振る舞いを見せ続けた彼の人気もあいまって、最初の全盛期と呼べる時期を迎えた。彼が[[1976年]]に死去した後、[[1979年]]に[[セルジュ・チェリビダッケ]]が首席指揮者となり、楽団の名声をさらに高めた。ただ、録音嫌いのチェリビダッケの方針のため、当時はほとんどレコードを世に出さず、[[オイゲン・ヨッフム]]や[[ラファエル・クーベリック]]のもと多くの演奏を録音してきたミュンヘンのもう一方の雄・[[バイエルン放送交響楽団]]とは対照的に、メディア受けとは一線を画した活動を貫き続けた。
 
[[2001年]]には[[ジェームズ・レヴァイン]]が首席指揮者に迎えられたが、わずか3年でその職を退いた。後任の首席指揮者には[[クリスティアン・ティーレマン]]が指名された。彼の就任記念コンサート([[2004年]]11月)で演奏された[[アントン・ブルックナー]]の[[交響曲第5番 (ブルックナー)|交響曲第5番]]は、現在[[ドイツ・グラモフォン]]の[[コンパクトディスク|CD]]で聴くことができる。次世代を担うドイツ人指揮者と目されているティーレマンがミュンヘン・フィル首席指揮者に就任した際には、ドイツ語圏内クラシック音楽界は大きな期待をかけていたが、[[2011年]]にミュンヘンを去ることがすでに決まている
 
[[2012年]]からは[[ロリン・マゼール]]が首席指揮者に就任し、[[2015年]]以降の首席指揮者が決定するまでの任期とされていたが、後任が[[ワレリー・ゲルギエフ]]に決まったと2013年1月に発表された。
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