「小椋佳」の版間の差分

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== 人物 ==
[[東京都]]下谷區東黒門町([[台東区]][[上野]]出身。両親は[[飲食店]]を経営<ref>松井清人『オカン、おふくろ、お母さん』 [[文藝春秋]]、2006年、60-61頁</ref>。[[東京都立上野高等学校]]、[[東京大学法学部]]卒業後、[[日本勧業銀行]](後の[[第一勧業銀行]]、現: [[みずほ銀行]])に入行。大学、勧銀の同期には後に第一勧銀最後の[[頭取]]となる[[杉田力之]]がいた。銀行マンとして証券部証券企画次長、[[浜松市|浜松]]支店長、本店財務サービス部長などを歴任する傍らで音楽活動も行ってきた。
 
「小椋」は、大学3年生の時に法律の勉強で[[福島県]][[耶麻郡]][[北塩原村]]の学生村に約2ヶ月間滞在中、周りの住民の姓のほとんどが「小椋」姓であったことにより命名したものである[http://wwwcms.pref.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet;jsessionid=A7B0CD2372F82B8B19CBB3BDA41B4DB3?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=10369][http://www.asahi.com/national/update/1228/TKY200912280421.html]。「佳」は、後の妻となる恋人、塚原佳穂里([[台東区立黒門小学校]]の同級生)の名の第一字から取ったものである[http://www3.big.or.jp/~kan/ogura/oguraess.htm][http://blog.goo.ne.jp/shugohairanai/e/bc06ee91dde2c6b5ab274898b8ffeff2]。
* 一時期、[[東京キッドブラザース]]への提供作品を中心に『[[葉月多夢]]』というペンネームを用いていたことがある。由来は長男のアメリカでの愛称からきている。次男に自分と同じ名前を付けたことから、長男への配慮として長男の愛称をもうひとつのペンネームとしたという。
*過去に、[[胃がん]]や[[劇症肝炎]]などの大病を患った経験から、「死は突然やってくるものだ」「自分は76歳で死ぬだろう」と漠然とだが、自分の中で確信した気持ちから、「2年後に[[生前葬]]コンサートを行いたい」等、死ぬための準備を行っている。([[ワイドスクランブル]]2012年6月6日放送、[[山本晋也]]のインタビューより)
 
2013年4月1日より、中日新聞夕刊にコラム「この道」を掲載中。
 
== 外部リンク ==
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