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発祥は[[16世紀]]の[[オート=ノルマンディー地域圏|ノルマンディー高地地方]]で、当地はバター等の良質の乳製品の産地として有名であった。現代ではブリオッシュを朝食に食べることがあるが、[[中世]]ヨーロッパでは、主食とするパンは小麦粉を水と塩のみで練って作るもので、バターや牛乳、卵の入ったブリオッシュのようなパンは菓子であると考えられていた。[[18世紀]]のフランス王妃[[マリー・アントワネット]]が言ったと伝えられる「[[マリー・アントワネット#「パンがなければ」の発言|パンが食べられないのならお菓子を食べればよいのに]]」の「お菓子」とはこのブリオッシュのことである。
発祥は[[16世紀]]の[[オート=ノルマンディー地域圏|ノルマンディー高地地方]]で、当地はバター等の良質の乳製品の産地として有名であった。現代ではブリオッシュを朝食に食べることがあるが、[[中世]]ヨーロッパでは、主食とするパンは小麦粉を水と塩のみで練って作るもので、バターや牛乳、卵の入ったブリオッシュのようなパンは菓子であると考えられていた。[[18世紀]]のフランス王妃[[マリー・アントワネット]]が言ったと伝えられる「[[マリー・アントワネット#「パンがなければ」の発言|パンが食べられないのならお菓子を食べればよいのに]]」の「お菓子」とはこのブリオッシュのことである。


== 「パンがなければ、ブリオッシュを食べればいいじゃない」 ==
{{独自研究|section=1|date=2009年3月}}
{{出典の明記|section=1|date=2009年3月}}
フランス革命前に民衆が貧困と食料難に陥った際、マリー・アントワネットが「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と、不適切な発言をしたと、しばしば紹介される。原文は、{{lang-fr-short|“Qu'ils mangent de la brioche”}}、直訳すると「彼らはブリオッシュを食べるように」である。
ブリオッシュは現代ではパンの一種の扱いであるが、かつてはお菓子の一種の扱いをされており、バターと卵を普通のパンより多く使った、いわゆる「贅沢なパン」であった。

発言の主は[[マリー・アントワネット]]とされることが多い。

お菓子ではなくケーキまたはクロワッサンと言ったという変形もある。なおフランスのクロワッサンやコーヒーを飲む習慣は、彼女がオーストリアから嫁いだ時にフランスに伝えられたと言われている。(ルイ16世の叔母である[[ヴィクトワール・ド・フランス|ヴィクトワール王女]]の発言とされることもある)。

ただし、これはマリー・アントワネット自身の言葉ではない、ともされている。例えば、[[ジャン=ジャック・ルソー|ルソー]]の『告白』([[1766年]]頃執筆)の第6巻に、ワインを飲むためにパンを探したが見つけられないルソーが、“家臣からの「農民にはパンがありません」との発言に対して「それならブリオッシュを食べればよい」とさる大公夫人が答えた”ことを思い出したとあり、この記事が有力な原典のひとつであるといわれている。庇護者で愛人でもあったヴァラン夫人とルソーが気まずくなり、マブリ家に家庭教師として出向いていた時代([[1740年]]頃)のことという。

[[アルフォンス・カー]]は、[[1843年]]に出版した『悪女たち』の中で、執筆の際にはこの発言は既にマリー・アントワネットのものとして流布していたが、1760年出版のある本に「[[トスカーナ大公国]]の公爵夫人」のものとして紹介されている、と書いている。
{{要出典範囲|トスカーナは1760年当時、マリー・アントワネットの父である[[フランツ・シュテファン]]が所有しており、その後もハプスブルク家に受け継がれたことから、こじつけの理由の一端になった|date=2008年11月}}、ともされる。

{{要出典範囲|当時のフランス法には、「食糧難の際にはパンとブリオッシュを同じ値段で売ること」となっていた|date=2008年11月}}との説もあり、{{要出典範囲|そのことがこの発言伝説の下敷きのひとつになった|date=2008年11月}}とも言われる。ちなみに、{{要出典範囲|ブリオッシュが[[バター]]や[[卵]]を利用したお菓子とほぼ同じとみなされるパンを示すようになったのは18世紀後半からであり、18世紀初頭まではチーズやバターなどの各地方の特産物を生地に混ぜて栄養性と保存性を高めた保存食という乾パン的位置づけであった|date=2008年11月}}。そうなると「パンがなければブリオッシュを」との発言が1700年代前半のものであったのか後半のものであったかにより、意味合いが異なってくる可能性もある。

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いくらなんでも漫画を出典にするのは止めるべし。コメントアウト。

『[[オースーパージャンプ]]』([[集英社]])にて掲載されている[[漫画]]『[[マリー・アントワネットの料理人]]』においては、別説が紹介されている。当時のブリオッシュはパンに使う小麦粉よりも質の悪い小麦粉を使った菓子であり、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」というのは、食糧難の際の窮乏生活を説いた、まっとうな発言だという説である。
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いずれにせよ、当時の[[貴族]]の贅沢三昧の暮らしぶり、極端な貧富の差、暴政などに対する民衆の怒りの気持ちが込められて流布されていた表現であり、現代でもその当時の民衆の気持ちを推し量りながら引用される逸話であることには変わりはなく、ブリオッシュは[[フランス革命]]の一種のシンボルにもなっている。


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2011年7月9日 (土) 07:50時点における版

『ブリオッシュのある静物』、シャルダン
トゥーロンのブリオッシュ・デ・ロワ
シチリアのグラニタとブリオッシャ

ブリオッシュ:Brioche)はフランス菓子パンヴィエノワズリー)の一つ。ブリオーシュとも書く。普通のフランスパンとは違い、の代わりに牛乳を加え、バターを多く使った口当たりの軽い発酵パンの一種である。材料が焼き菓子に近いことから、発酵の過程を要するケーキ: gâteau 、ガトー)の一種とされることもある。名称はノルマン語で「(生地を麺棒で)捏ねる」を意味する動詞の古形「brier」(現代フランス語 broyer 「すり潰す」や英語 break 「破壊する」と同語源)から派生したもの。

ブリオッシュ・ア・テートbrioche à tête 、「頭のついたブリオッシュ」)という、だるまのような形に成形したものが最も一般的であるが、他にも色々な形に成形される。プロヴァンス地方などでは公現祭を祝ってガレット・デ・ロワの代わりにブリオッシュ生地を用いてブリオッシュ・デ・ロワ(brioche des Rois)またはガトー・デ・ロワ(gâteau des Rois)という菓子を作る。「ロワ」とは東方の三博士(les Rois mages)のことで、ブリオッシュ・デ・ロワは普通のブリオッシュよりも大きく、王冠のような環型の生地を砂糖漬けの果実などで飾りつける。またブリオッシュの生地は、クグロフサヴァランババなどにも応用される。

シチリアではブリオッシャ(brioscia)と呼ばれ、よくグラニタと共に食したり、二つ切りにしてグラニタをはさんで食べたりする。

発祥は16世紀ノルマンディー高地地方で、当地はバター等の良質の乳製品の産地として有名であった。現代ではブリオッシュを朝食に食べることがあるが、中世ヨーロッパでは、主食とするパンは小麦粉を水と塩のみで練って作るもので、バターや牛乳、卵の入ったブリオッシュのようなパンは菓子であると考えられていた。18世紀のフランス王妃マリー・アントワネットが言ったと伝えられる「パンが食べられないのならお菓子を食べればよいのに」の「お菓子」とはこのブリオッシュのことである。