「デンマーク王立図書館」の版間の差分

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'''デンマーク王立図書館'''(Det Kongelige Bibliotek)は[[コペンハーゲン]]にある[[デンマーク]]の国立[[図書館]]であり、[[コペンハーゲン大学]]の大学図書館である。[[北欧諸国]]の中最大の図書館の一つである<ref>[http://www.denstoredanske.dk/Kunst_og_kultur/Bog-_og_biblioteksv%C3%A6sen/Videnskabelige_og_faglige_biblioteker/Det_Kongelige_Bibliotek Den store danske: Det kongelige bibliotek] {{Da icon}}</ref>。
 
歴史的に貴重なものをいくつも収蔵している。17世紀以降、デンマーク国内で印刷された出版物を全て収めているが、その中には歴史的に貴重なものが多数含まれる。過去に様々な寄贈がおこなわれたおかげで、デンマークで1482年に最初に出版された書籍を始めとして、デンマークでの全ての既知の出版物をほぼ網羅している。
 
== 歴史 ==
== 現在の王立図書館 ==
[[ファイル:Det Kongelige Bibliotek.jpg|thumb|160px|left|デンマーク王立図書館。1906年から使われている[[スロッツホルメン]]にある建物を北西から見たところ]]
現在、4箇所に分散している。コペンハーゲン中心部の Gothersgade ゴーター通りには主に社会科学や法学に関する分館、[[アマー島]]には人文学の分館、Nørre Alle には自然科学と医学の分館があり、コペンハーゲン港に面した[[スロッツホルメン]]の本館にはあらゆる分野の書籍と特別コレクションが収蔵されている。
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1999年、スロッツホルメンの旧館の隣に新館が建てられ、ブラックダイアモンド (Den Sorte Diamant) と呼ばれている。設計はデンマークの建築家集団 [[:en:schmidt hammer lassen|schmidt hammer lassen]] である。外壁が黒い[[大理石]]とガラスで覆われていることからそのように呼ばれ、図書館の他にコンサートホールもある(位置は {{coord|55|40|25.5|N|12|34|55|E|region:DK_type:landmark}})。
 
1999年に開館した。2つの黒い立方体で構成されており、上にいくほど若干通りに迫り出している。2つの立方体の間にはガラスで覆われた[[アトリウム]]があり、両側は8階建ての白壁で波形のバルコニーになっていて、両側をつなぐ空中通廊がいくつかある。アトリウムはガラスで覆われているので海など外の景色が見える。旧館とブラックダイアモンドを繋ぐ渡り廊下が3つあり、それらは通りの上を跨いでいる。そのうち最大の渡り廊下の天井には、デンマークの画家 ペー・キルケビュ([[:en:Per Kirkeby|Per Kirkeby]] の巨大な絵画がある。
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所蔵品には2000点にも及ぶ[[カール・フォン・リンネ]]の著書やリンネにまつわる資料があり、1997年に歴史的重要性が認められ[[国際連合教育科学文化機関|UNESCO]]の[[世界の記憶]]に認定された<ref name="mow">{{cite web|title= The Linné Collection |url= http://portal.unesco.org/ci/en/ev.php-URL_ID=22884&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html | date=2008-05-16 |publisher=UNESCO Memory of the World Programme |accessdate=2009-12-11}}</ref>。
 
他には[[アウルトニ・マグヌッソン写本コレクション]]、[[ハンス・クリスチャン・アンデルセン]]の手稿や書簡、[[セーレン・キェルケゴール]]の手稿や書簡、Dalby Book(羊皮紙にラテン語で羊皮紙に書かれた福音書)、Angers『ダルビュ本(Dalbybogen)<ref>デンマーク語綴りは[http://www.copenhagenet.dk/CPH-Map/CPH-Royal-Library.asp fragment(公式サイト]より</ref>』、デンマーク史上初の年代記『[[デンマーク人の事績]]』の断片『アンガース断章([[:en:Angers Fragment|Angersfragmentet]]、北極周辺の地図などがある。アンデルセンの手稿と書簡も1997年、[[世界の記憶]]に認定されている<ref name="mowroyal">{{cite web |title= Manuscripts and correspondence of Hans Christian Andersen |url= http://portal.unesco.org/ci/en/ev.php-URL_ID=22664&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html | date=2008-05-16 |publisher=UNESCO Memory of the World Programme |accessdate=2009-12-15}}</ref>。
 
[[ワマン・ポマ]]の『新しい記録と良き統治』(El Primer Nueva Coronica y Buen Gobierno) の署名入り写本は、1200頁の大著で400頁が挿絵になっている。アンデス山脈の原住民の視点からインカ帝国時代、1532年のスペインによる征服、初期のスペインによる植民地支配、先住民に対する権利侵害についての体系的な訴えなどが書かれている。これも2007年に[[世界の記憶]]に認定された<ref name="mowandean">{{cite web |title= El Primer Nueva Coronica y Buen Gobierno |url= http://portal.unesco.org/ci/en/ev.php-URL_ID=22485&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html | date=2008-05-16 |publisher=UNESCO Memory of the World Programme |accessdate=2009-12-15}}</ref>。
 
== 本の盗難 ==
1968年から1978年にかけて、同図書館の歴史上最大の書籍盗難事件にあった。[[マルティン・ルター]]の出版物、[[イマヌエル・カント]][[トマス・モア]][[ジョン・ミルトン]]の初版本など1600点もの歴史的書籍、総額5000万ドル相当以上何者かに盗まれた盗んだ。この盗難に図書館側が気づいたのは1975年のことある盗難に気づかなかったその泥棒犯人は1998年から2002年にかけて、様々なオークションで盗んだ本を売ることに成功し、約200万ドルを手にした。2003年9月、盗まれた本が[[ロンドン]]の[[クリスティーズ]]のオークションに持ち込まれ、やったこ誰が盗んだのかが明らかなっより解決した。泥棒たちのリーダーは同図書館の東洋部門の責任者だった Frede Møller-Kristensen フレズ・ムラ=クリステンセンで、2003年2月に亡くなっていた。彼の死後、その遺族が残っていた本りの書籍を不意に売ったことで発覚したのである。2003年11月、ドイツとデンマークの彼らの家を一斉に家宅捜索し、1500点の書籍が見つかった。2004年6月、彼の妻、息子、義理の娘、友人らに懲役18カ月から3年の判決が下った。友人は無実を訴え、後に無罪となった。2005年4月、娘も有罪を宣告された。
 
== 館長 ==
館長はペーダー・グレフェンフェルト [[:en:Peder Griffenfeld|Peder Griffenfeld]])である だった。[[:en:Daniel Gotthilf Moldenhawer|Daniel Gotthilf Moldenhawer]] は同図書館のコレクションを豊かにする多数盗まれたことで有名貢献なってまった。その後、J. H. SchlegelシュレーゲルJon Erichsenヨン・エリクセン、Chr. Bruunブルーンハンス・J・ホルム([[:en:Hans J. Holm|Hans J. Holm]] らが館長を務めている。
 
== 脚注・出典 ==

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