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「マツミドリ」の版間の差分

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|色 = [[馬の毛色|鹿毛]]
|種 = [[サラブレッド]]
|生 = [[1944年]][[4月5日]]
|死 = [[1953年]][[7月28日]](9歳没・旧10歳)
|父 = [[カブトヤマ]]
|母 = 栄幟
|母父 = プライオリーパーク
|産 = [[東北牧場]]
|国 = {{JPN}}([[青森県]][[上北町]])
|主 = 松末博光
|金 = 83万2040円
}}
'''マツミドリ'''は[[日本]]の[[競走馬]]。父・[[カブトヤマ]]と母・栄幟の間に生まれた[[馬の毛色|鹿毛]]の[[牡馬|牡]]の[[サラブレッド]]である。第14回東京優駿競走(現・[[東京優駿]](日本ダービー))に優勝し父カブトヤマに次ぐ親子2代での日本ダービー制覇を史上初めて達成した。
 
農林省賞典(現・[[皐月賞]])2着を経て出走した東京優駿競走では農林省賞典優勝馬[[トキツカゼ]]に雪辱を果たし優勝した。1945-46年は日本ダービーに当たる競走が中止されており、この年は戦後初の開催であった。また、父・カブトヤマは1933年に第2回東京優駿大競走(日本ダービーにあたる)を制しており親子2代のダービー制覇を達成したことで「ダービー馬はダービー馬から」という言葉が生まれた。ただ、東京優駿競走後は農林省賞典や[[京都記念]]に優勝しているものの、マツミドリの東京優駿競走優勝を受けて創設された父を記念する[[競走]]である[[カブトヤマ記念]]は6着に敗れている。
競走馬引退後は[[種牡馬]]となったものの、[[1953年]]に北海道で[[馬伝染性貧血]]が流行した際これに罹患し、防疫上の観点から殺処分を余儀なくされた。
 
供用期間が短かったため代表[[産駒]]はダイイチヒガシヤマ(皐月賞3着、[[NHK杯]]3着)、ダイゴ([[アングロアラブ]]、種牡馬)程度。
 
== 血統表 ==
|mmmm = * フロリースカツプ [[ファミリーナンバー|F-No.]][[3号族|3-l]]
|}}
 
母栄幟の子孫には[[キタノカチドキ]]、[[ニホンピロウイナー]]、[[サンドピアリス]]などがいる。
 
{{東京優駿勝ち馬}}