コンテンツにスキップ

「メスティーソ」の版間の差分

m
文意を明確にするための修正
m (refタグ閉じ忘れ)
m (文意を明確にするための修正)
メスティーソの比率が高くなり、インディオ旧来の社会が崩れてくると、非特権層としてのインディオとメスティーソの違いは曖昧になってきた。白人は特権を保持するために家系を重視したが、特権を持たないインディオとメスティーソにとって、何代も前の先祖のことはわからない。両人種の特徴を併せ持っている人はメスティーソでしか有り得ないが、片方の特徴が濃く出る場合にメスティーソか「純血」かは外見から判別できないのである。
 
植民地時代の終わりごろから、白人の男を父とするメスティーソ父親が引き取って白人として育てればそのように白人として遇されるようになったので、メスティーソと他人種の違いは、人種というより文化的な違いになった<ref>国本伊代『メキシコの歴史』115頁</ref>。独立後の中南米諸国には、メスティーソを国民のあるべき形としてたたえる思想が現れた。二つの人種に分かれた分断社会から、一つの国民を作り上げようとするナショナリズムである。19世紀には白人を至上としてヨーロッパ化を唱える思想も根強かったから、メスティーソ性の肯定には民衆文化の擁護創造の側面があったが、先住民の言葉と生活を守る人々にとっては同化圧力の強まりを意味していた。
 
独立後21世紀に至るまで、各国は移民を積極的に受け入れている。スペイン以外のヨーロッパ諸国からの移民は一世ならば白人だが、上流階級になるとは限らない。日本、中国などアジアからの移民も多いので、人種構成はさらに複雑になった。移民一世の多くはメスティーソではないが、以降は急速に通婚が進んでいく。
 
20世紀に入っても、「○○国の人口構成は白人○○%、インディオ○○%、メスティーソ○○%」というような数字が統計として流通しているが、中南米諸国は人種別の戸籍を備えていない。極端な誤りはないものの、パーセンテージは印象による推定で、数字そのものを信用すべきではない。自己申告にもとづく調査は、人種調査ではなく帰属意識調査と言うべきものである。スペイン語を母語とする者は、人種的特徴の如何に関わらず、インディオと呼称されることを忌避し、メスティソと自己規定することが多いとされる。また、厳密にはメスティソであっても、白人の血が濃い者は白人と自己規定することが多く、これはメスティーソがインディオ的な形質よりも、白人的な形質に憧れる傾向があるためだといわれている。だからといって他人に決めてもらおうとしても、ある人がメスティーソかインディオどうは、知人によっても意見が割れること珍しくなく、客観的な数字を得るのは不可能なのである。このため、現代においては形質的・血脈的特徴でなくスペイン語を母語とする者をメスティソ、インディオの言語を母語とする者をインディオ(先住民)とすることもある。
 
== 地域的な違い ==
27,960

回編集