「自由献金」の版間の差分

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[[フルドリッヒ・ツヴィングリ]]は[[宗教改革]]で、[[十分の一税]]を否定し、自発的に捧げられる自由献金を主張した<ref>ケアンズ『基督教全史』p.404 [[いのちのことば社]]</ref>。[[フランス]]の[[ユグノー]]は[[ナント勅令]]のとき自分たちの教会を持つことは許されたが、ローマ教皇を中心とするローマ・[[カトリック教会]]にも十分の一税を納めなければならなかった<ref>森川甫『フランス・プロテスタント』p.75 [[聖恵授産所]]出版</ref>。
[[フルドリッヒ・ツヴィングリ]]は[[宗教改革]]で、[[十分の一税]]を否定し、自発的に捧げられる自由献金を主張した<ref>ケアンズ『基督教全史』p.404 [[いのちのことば社]]</ref>。[[フランス]]の[[ユグノー]]は[[ナント勅令]]のとき自分たちの教会を持つことは許されたが、ローマ教皇を中心とするローマ・[[カトリック教会]]にも十分の一税を納めなければならなかった<ref>森川甫『フランス・プロテスタント』p.75 [[聖恵授産所]]出版</ref>。


[[敬虔主義]]も自由献金を主張した<ref>[[フィリップ・シュペーナー]]『世界教育宝典』収録「敬虔なる願望」玉川大学出版</ref><ref>[http://www.imcj.org/watanabe/17B.html 第17講 敬虔主義][[渡辺信夫]]</ref>。[[国教会]]から分離した[[プロテスタント]]の[[自由教会]]が形成されて、自発的な献金によって教会が運営されるようになった<ref name="kiridai">[[日本キリスト教協議会]]『キリスト教大事典』[[教文館]]</ref>。献金の種類には、維持(月定)献金、礼拝(席上)献金、会堂献金、結婚などの感謝・記念献金、クリスマス献金、復活祭の献金などがある<ref name="kiridai" />。維持(月定)献金は目安<ref name="kiridai" />として聖書の十分の一(創世記14章、28章、レビ記27章、歴代下31章、ネヘミヤ13章、マラキ3章、マタイ23章)があるため什一献金とも呼ばれるが、自発的になされるものである。
[[敬虔主義]]も自由献金を主張した<ref>[[フィリップ・シュペーナー]]『世界教育宝典』収録「敬虔なる願望」玉川大学出版</ref><ref>[http://www.imcj.org/watanabe/17B.html 第17講 敬虔主義][[渡辺信夫]]</ref>。[[国教会]]から分離した[[プロテスタント]]の[[自由教会]]が形成されて、自発的な献金によって教会が運営されるようになった<ref name="kiridai">[[日本キリスト教協議会]]『キリスト教大事典』[[教文館]]</ref>。自由教会の自由献金は神に対する感謝の応答としての献金であり、「自由の象徴」である<ref name="evangelical150">『日本開国とプロテスタント宣教150年』[[日本伝道会議]] いのちのことば社</ref>。
献金の種類には、維持(月定)献金、礼拝(席上)献金、会堂献金、結婚などの感謝・記念献金、クリスマス献金、復活祭の献金などがある<ref name="kiridai" />。維持(月定)献金は目安<ref name="kiridai" />として聖書の十分の一(創世記14章、28章、レビ記27章、歴代下31章、ネヘミヤ13章、マラキ3章、マタイ23章)があるため什一献金とも呼ばれるが、自発的になされるものである。


[[救世軍]]の[[山室軍平]]は[[1930年]]の『十分一献金論』で十分の一献金をすすめている<ref>中将[[山室軍平]]『十分一献金論』東京救世軍出版 及 供給部[[1930年]]</ref>。
[[救世軍]]の[[山室軍平]]は[[1930年]]の『十分一献金論』で十分の一献金をすすめている<ref>中将[[山室軍平]]『十分一献金論』東京救世軍出版 及 供給部[[1930年]]</ref>。

2010年4月11日 (日) 16:02時点における版

自由献金(じゆうけんきん)とは、自発的に捧げられる献金のことである。

フルドリッヒ・ツヴィングリ宗教改革で、十分の一税を否定し、自発的に捧げられる自由献金を主張した[1]フランスユグノーナント勅令のとき自分たちの教会を持つことは許されたが、ローマ教皇を中心とするローマ・カトリック教会にも十分の一税を納めなければならなかった[2]

敬虔主義も自由献金を主張した[3][4]国教会から分離したプロテスタント自由教会が形成されて、自発的な献金によって教会が運営されるようになった[5]。自由教会の自由献金は神に対する感謝の応答としての献金であり、「自由の象徴」である[6]

献金の種類には、維持(月定)献金、礼拝(席上)献金、会堂献金、結婚などの感謝・記念献金、クリスマス献金、復活祭の献金などがある[5]。維持(月定)献金は目安[5]として聖書の十分の一(創世記14章、28章、レビ記27章、歴代下31章、ネヘミヤ13章、マラキ3章、マタイ23章)があるため什一献金とも呼ばれるが、自発的になされるものである。

救世軍山室軍平1930年の『十分一献金論』で十分の一献金をすすめている[7]

脚注

  1. ^ ケアンズ『基督教全史』p.404 いのちのことば社
  2. ^ 森川甫『フランス・プロテスタント』p.75 聖恵授産所出版
  3. ^ フィリップ・シュペーナー『世界教育宝典』収録「敬虔なる願望」玉川大学出版
  4. ^ 第17講 敬虔主義渡辺信夫
  5. ^ a b c 日本キリスト教協議会『キリスト教大事典』教文館
  6. ^ 『日本開国とプロテスタント宣教150年』日本伝道会議 いのちのことば社
  7. ^ 中将山室軍平『十分一献金論』東京救世軍出版 及 供給部1930年