「岩田ユキ」の版間の差分

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==経歴==
[[静岡県立金谷高等学校]]卒業後、OLとして地元企業に勤務する。その後、名古屋の専門学校に進学し、卒業後、大阪の文具メーカーでキャラクターデザイナーとして勤務する。上京後は、[[セツ・モードセミナー]] 在学しながら、フリーのイラストレーターとして[[nicola]]』(」([[新潮社]])[[KERA]]』(」([[インデックス・コミュニケーションズ]])[[zipper]]』(」([[祥伝社]])等の雑誌で活躍し、[[学習研究社|学研]]等ではキャラクターデザイナーとして活動。[[2000年]]から映像制作を開始する。[[イメージフォーラム研究所]]と[[ENBUゼミナール]]で映像・脚本を学ぶ(ENBUゼミでの担任講師は[[中島哲也]])
(ENBUゼミでの担任講師は[[中島哲也]])。
インディーズ時代はイラストレーターらしいアニメやパペットなどを使ったアート作品が主流だった。数多くのインディーズ映画祭で受賞し、[[空気公団]]などの音楽PVも手がけたが、[[ぴあフィルムフェスティバル]]受賞の『[[新ここからの景]]』を境に、ヒューマンドラマに作風が移行。
[[2005年]]、オムニバス映画『[[ヘアスタイル]]』の一編おさげの本棚で商業映画デビューする。
[[2007年]]、『[[檸檬のころ]]』で長編映画を初監督する。この作品の主題歌[[hikari~檸檬のころ~]]の作詞を、作品の主人公・白田恵名義で行う。
路上似顔絵師として生計を立てていた時期があり、[[2008年]]映画『[[陰日向に咲く]]』の宣伝イラストを担当した際も出演者の似顔絵を描いている。
 
==主な作品==
*[[お別れのあいさつ]] ([[2000年]]、監督/脚本/美術/編集)
**[[調布短編映画祭]]入選
**[[ショートブレイク大賞]]グランプリ
*[[僕はコッソリ泣きました]] ([[2002年]]、監督/脚本/美術/編集) 
**[[仙台ショートピース]]市川準監督特別賞
**[[盛岡自主制作映画祭]]招待作品
*[[卵黄のきみ]] ([[2002年]]、監督/脚本/美術/編集)
**[[プラネット映画祭]]入選
**[[NHK達人ビデオ]]大賞入賞
**[[ショートショートフィルムフェスティバル]]大阪招待作品
*[[プールの母]] ([[2002年]]、監督/脚本/編集) 
*[[ここからの景]] ([[2003年]]、監督/脚本/編集) 
**[[PJ映画祭]]エンタマニア賞
**[[長崎ピースな映像祭]]最優秀賞/観客賞
**[[プラネット映画祭]]入選
**[[ぴあフィルムフェスティバル]]審査員特別賞
*[[空気公団]]PV「旅をしませんか」「通りは夜だらけ」「窓越しに見えるは」 ([[2003年]]、監督/美術/編集)
*[[少年笹餅]] ([[2004年]]、監督/脚本) 
**[[伊参映画祭シナリオ大賞]]中編の部大賞
*[[ヘアスタイル]] おさげの本棚 (」([[2005年]]、監督/脚本) 
*[[檸檬のころ]] ([[2007年]]、監督/脚本) 
*[[陰日向に咲く]] ([[2008年]]、宣伝イラストレーション)
*[[指輪をはめたい]] ([[2008年]]、監督)
 
==参考文献等==
*映画『檸檬のころ』パンフレット([[ゼアリズエンタープライズ]])
*静岡新聞2007年4月10日夕刊([[静岡新聞社]])
*[http://www.at-s.com/html/cinema/movie_topics/lemonnokoro/070322.html]
 
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