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{{文学}}
'''クルト・ラスヴィッツ'''({{lang|de|Carl Theodor Victor Kurd Laßwitz}}、[[1848年]]4月20日 - [[1910年]]10月17日)はドイツの小説家。数学者、物理学者、地理学者でった。ポーランドの[[ヴロツワフ]]生まれ。ドイツの[[ゴータ]]で没。ウェーラートゥス<!-- ラテン語式発音で良いか? -->(Velatus)のペンネームでも著作を発表した。彼はドイツ語圏における[[サイエンス・フィクション]]の創始者と見なされている。
 
==生涯==
クルト・ラスヴィッツは、カルル・ヴィルヘルム・ラスヴィッツ([[ユダヤ人]]の工場主・鉄材卸売商人。[[プロイセン]]の国会議員だったこともある)の息子としてヴロツワフで生まれた。彼は生誕地の大学および[[ベルリン大学]]に通って数学と物理学を学び、1873年に国家試験を受けて論文"{{lang|de|über Tropfen, welche an festen Körpern hängen und der Schwerkraft unterworfen sind}}"(重力に抗して固体表面に付着した水滴について<!-- 解釈、これで良いか? -->)で博士号を取得した。
 
1876年にゴータのギムナジウムで教師の職に就いた。そこでの彼の生徒に、[[ハンス・ドミニク<ref>[[:de:Hans Dominik]](1872 - 1945)。主として戦間期に活動したSF作家。</ref>がいた。1884年に彼は教授職に昇進した。
 
クルト・ラスヴィッツは62歳の時にゴータで死亡した。彼はヴロツワフの栄誉墓地<!-- Ehrenfriedhof -->に埋葬されている。
 
==業績==
クルト・ラスヴィッツは現代SFの父と呼ばれている。彼は更に物理学、[[認識論]]および[[イマニュエル・カント]]に関する本を執筆した。また[[グスタフ・フェヒナー]]([[精神物理学]]の創始者)を批評<!-- 「批判」くらいの訳語を当てるべきか? -->する出版物の編集なども行なっている。同時代の[[ハーバート・ジョージ・ウェルズ|H・G・ウェルズ]]とは違い([[ジュール・ヴェルヌ]]とは全く違い)、ラスヴィッツはSF的設定というものを批評、或いは教育上の目的で使用した。<!-- 以下二文未訳。 Zukunftsentwürfe sind mutiger als die Werke seiner beiden Kollegen und Zeitgenossen, weil sie weiter in die Zukunft reichen. Daher stößt er auch (nach eigener Aussage) immer wieder an die Grenzen „des mit heutigen Begriffen Erklärbaren.“ -->彼の代表作は長編『両惑星物語』("Auf zwei Planeten", 1897)である。数多くの言語に翻訳され、幾度も再刊された。<!-- 以下一文未訳。Das Werk war Anfang des 20. Jahrhunderts hochpopulär, seine literarische Rezeptionsgeschichte, z. B. die Autoren des Expressionismus betreffend, gilt es noch weitestgehend zu erforschen. Sichergestellt ist ein Einfluss auf Georg Heym. Auch Arno Schmidt schätzte den Roman. -->
 
彼の社会批判的な文書は、[[ナチス]]によって禁書となった後、大部分が忘れ去られた。ドイツSFの父としての彼の地位は、結果的には、彼の教え子であったハンス・ドミニクに引き継がれた。
==脚注==
<references />
 
==関連項目==
*[[サイエンス・フィクション]]
*[[未来小説]]
 
==文献==
8,808

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