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*[[車掌スイッチ]]の再開閉ボタンに、押し間違いを防ぐため、C字状の枠が加わった。 |
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*ツーマン運行時に使用していた車内放送用の[[マイクロフォン]]形状が変更された。 |
*ツーマン運行時に使用していた車内放送用の[[マイクロフォン]]形状が変更された。 |
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*第14 - 29編成では電動車台車直上床面に点検蓋が設置されている。 |
*<!--第14 - 29編成では - 他の編成にも存在するのでコメント化-->電動車台車直上床面に点検蓋が設置されている。 |
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<!--*IGBT素子を使用している車両であるが、起動音はGTO素子使用車よりも高い(高速走行時も同様)。-1・2次車のGTOよりは低減されているのでコメント化--> |
<!--*IGBT素子を使用している車両であるが、起動音はGTO素子使用車よりも高い(高速走行時も同様)。-1・2次車のGTOよりは低減されているのでコメント化--> |
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2008年10月22日 (水) 10:01時点における版
東京都交通局6300形電車 | |
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都営三田線6300形 (2006年9月3日、東急新丸子駅にて撮影) | |
基本情報 | |
製造所 | 川崎重工業・近畿車輛 |
主要諸元 | |
編成 | 6両 |
軌間 | 1,067 |
電気方式 |
直流1500V (架空電車線方式) |
最高運転速度 |
三田線内75km/h 東急線内110 |
設計最高速度 | 120 |
起動加速度 | 3.5(3次車3.3) |
減速度(常用) | 4.0(3次車 3.5) |
減速度(非常) | 4.5 |
車両定員 |
•1・2次車:先頭車136(座席49)人 中間車147(座席55)人 車椅子スペース設置中間車148(座席52)人 •3次車:先頭車136(座席48)人 中間車147(座席54)人 車椅子スペース設置中間車148(座席51)人 |
全長 |
先頭車20,250mm 中間車20,000 |
全幅 | 2,831 |
全高 | 4,045 |
台車 |
ボルスタ付空気ばね台車 KD-308・KD-308A形(都形式:T-6A形・T-6B形) |
主電動機 | かご形三相誘導電動機 180kW |
駆動方式 | WN平行カルダン駆動 |
歯車比 | 7.07 |
制御装置 | GTOまたはIGBT-VVVFインバータ制御 |
制動装置 | ATC連動電気指令式空気ブレーキ(回生ブレーキ併用) |
保安装置 | ATO・ATC・TASC |
東京都交通局6300形電車(とうきょうとこうつうきょく6300がたでんしゃ)は、1993年(平成5年)6月23日に営業運転を開始した東京都交通局(都営地下鉄)三田線の通勤形電車。
6両編成37本の計222両が在籍している。
概要
都営三田線では、1989年(平成元年)から既存の6000形の冷房化を推進してきたが、開通当初に導入した同形式の初期車は25年以上が経過し、更新の時期を迎えていた。そこで、6000形の一部を本形式に置き換えることにより車両の更新と冷房化の促進を図ることになった。
乗客サービスの向上、省エネルギー化、保守の省力化をコンセプトにした。また、登場当時建設中で2000年(平成12年)9月26日に開通した三田 - 目黒間の延伸と目黒から先の東急目黒線直通運転に備え、帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)・東京急行電鉄との間で定めた直通車両規格に合わせている。
1993年6月から1994年(平成6年)7月にかけて6両編成13本(1・2次車、78両)を導入し、非冷房の6000形を置き換えたことにより、都営三田線の冷房化率は100%となった[1]。
冷房化完了後、増備は途絶えたが、東急目黒線への直通運転開始を控えた1999年(平成11年)年には6000形を直通車両規格に改造するか、本形式を新造するか、比較検討が行われた。そして検討の結果、6000形の改造や他線区への転属には本形式の新造費用に匹敵する多額の費用がかかるため、本形式を追加新造することになった。
これを受けて、同年6月から11月にかけて6両編成16本(96両)を導入し、6000形を全廃、その後も目黒延伸開業の増発用として2000年8月までに6両編成8本(48両)を導入し、計144両の3次車が増備された。
製造メーカーは第1 - 29編成および第34 - 37編成が川崎重工業、第30 - 33編成が近畿車輛である。なお、近畿車輛製も製造所銘板表記は「川崎重工」(車内は「Kawasaki」)となっているが、運転室に「近畿車輛」の銘板がある。ちなみに、3次車の川崎重工のプレートはエンブレムが年号は西暦、ローマ字で「Kawasaki」と表記[2]されている[3]。
車両概説
車体は軽量ステンレス製車体であり、当時では珍しいビードレスの外板となっている。前頭部はFRP成形品をシルバーに塗装したものである。フロントガラスは大形の曲面ガラスを使用しており、前面は地下鉄線内における非常口としてプラグドア式貫通扉が設置されている。
登場時より乗り入れ先の東京地下鉄南北線・東急目黒線と合わせて将来の8両化を見据えた設計となっている。
全車が三田線のホームドア連動機能およびホームの監視カメラからの映像受信・表示装置を装備している関係で、ホーム監視モニターの視認性を確保するため、非常扉や助士側も含めてフロントガラスの上方にスモークフィルムが貼付されている[4]。
編成
電動車 (M) と付随車 (T) の構成(MT比)が3M3Tの6両編成(8両編成時は4M4T)である。
6300-1 (Tc1) - 6300-2 (M1) - 6300-3 (M2) + 6300-4 (T1) - 6300-7 (M1) - 6300-8 (Tc2) (+の所で分割可能)
制御装置は各電動車に、補助電源用の静止形インバータ (SIV) はM1車に、レシプロ式空気圧縮機 (CP) はM2車とT1車に、集電装置はM1車に各2基が搭載される。
車両番号は4桁の数字の後にハイフンを置き1桁の数字を配しており、4桁のうちの上2桁は形式を、下2桁は編成番号を、ハイフン以下の1桁は編成内の順位を表す。順位を表す数字は西高島平方から1 - 4、7、8の順に付番しており、将来の8両編成化に備えて5と6は欠番となっている。例えば「6305-4」であれば「第5編成の4号車」を表す。当初側面は車体下部のみに表記があったが、ホームドアの設置により見にくいので2000年10月より戸袋部分への表記を追加した。そのために車号表記は各側面に2か所となっている。
車内内装
客室は明るく開放的で快適な空間を目指し、暖色系のカラースキームとしている。化粧板は白色系のものを、貫通扉とそで仕切り部分は石目柄のローズグレーのものを使用し変化をもたせている。
床材は1・2次車は中央部を朱色系の石目模様、外側は灰色の2色であったが、3次車は単色としてコストダウンを図った。
座席のモケットはベネチアンレッドの赤系色、優先席はバイオレットである。1人分の掛け幅は450mmであり、いずれもバケットシートを採用している。1・2次車では脚台(蹴込み)は車端部を除き、後退させて座席下を広くしたほか、車端部には都営地下鉄の車両で初めて千鳥配置でクロスシートを設けた。
荷棚はパイプ式であり、1・2次車のつり革は三角形である。当初は側扉部にレール方向の手摺りやつり革がなく、2007年(平成19年)4月までに設置工事が実施されて乗務員室直後部分以外の部分に設置された。増設されたつり革の形状は丸型である。また、優先席付近のものは2006年(平成18年)初めからオレンジ色の三角型に交換された。
側窓は車端部が固定式、ドア間の2連窓は開閉可能な下降窓としており、遮光用にロール式カーテンが設置してある。1・2次車では樹木の柄入りのものを使用した。
各貫通路には貫通扉が設けられている。基本的に片開き構造だが、車椅子スペースに隣接する部分は車椅子での移動を考慮して貫通路幅を広く確保したことから両開き構造である。扉の機構はドアクローザー付きで自動的に閉まるようになっている。
側出入口は片側4か所に設けられ、側引戸は1,300mm幅の両開きである。外板はステンレス製で、内側は1・2次車では内装と同じ化粧板仕上げであるが、3次車ではステンレス無塗装仕上げとされた。
車椅子スペースは2号車と5号車の2か所に設けた。また、非常通報器は乗務員と相互通話可能なものを各車4台設置している。
なお、この仕様の一部は後述する3次車において変更されている箇所がある。
冷房装置は屋根上に集中式を一基搭載する。能力は42,000kcal/hで、車内には冷風用ダクト、吹き出し口と中央に補助送風機としてラインデリアが3基×2組装備されている。
2005年(平成17年)から1次車を対象としたC修繕が実施されているが、編成によって修繕箇所が異なっている。床の張り替えは6301Fのみ施行し、水色の単色に変わっている。また、行先表示器の交換は第1・第2編成のみ、車体の洗浄は第1・第4・第5編成、増設部以外のつり革の交換は第4・第5編成のみの施工である。
非常用ドアコックは6000形では全ドアを開けるタイプが壁面に、それ以外が座席下の扉付近に設置されていたのに対し、本形式ではすべて座席下の扉付近に設置されており、うち1か所が全ドアを開けるタイプになっている。
案内機器
行先表示器は前面・側面ともLED式で、書体は明朝体で側面のみ英字併記である。2006年9月以降列車種別を表示するようになった。ただし、三田線内での種別表示は南行急行列車[5]のみである。
車内案内表示器はドア上に千鳥配置され、表示器の設置していないドア上部には戸閉開閉予告灯と路線図が掲出されている。また、ドアチャイムも鳴動する。
また、運転台モニタからの操作により各種案内表示および放送[6]を流すことが可能である。ただし、装備している内容でも肉声放送を使用することもある。
当初より自動放送装置が設置され、英語放送も行われている。また、車外案内用に車外スピーカーが設けられている。しかし1・2次車の自動放送は音量がとても小さく、地下走行中は音源付近にいないと聞き取れない場合がある。
乗務員室
乗務員室内はクリーム色の配色であり、運転台計器盤は茶色の配色である。乗務員室スペースはワンマン運転機器設置の関係で広めに線路方向へ1,775mm確保され、このため先頭車の全長は中間車よりも250mm長い。主幹制御器はT字形のワンハンドル式とされ、当初よりワンマン運転用のドア開閉ボタン、ATO出発ボタンなどが取り付けられていた。
速度計は白地の120km/h表示であり、オレンジ色に電照できる。また、右側には車両情報管理装置(TIS)のモニター画面を設けることにより、乗務員支援や車両検修時の効率化などを図るものとした。
乗務員室と客室の仕切りには大窓1つと、客室から見て右端に非常時の脱出口を兼ねた乗務員室扉がある。当初、大窓は透明であったが、目黒線乗り入れ前から順次スモークフィルムのものに交換された。なお、当初設置されていた乗務員室扉部の遮光幕は撤去され、代わりにスモークフィルムが貼付されている。
走行機器など
1次車は三菱電機、2次車は日立製作所のGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御 (T-INV6) を、3次車は三菱・日立・東芝・東洋電機製造4社競作のIPM-IGBT素子によるVVVFインバータ制御 (T-INV6A) をそれぞれ採用した。1・2次車は1台の制御装置で4個の主電動機を制御する1C4M方式、一方3次車は1台の制御装置で2個の主電動機を制御する1C2M方式である。なお、3次車は順次純電気ブレーキに変更されている。
台車は浅草線用の5300形と同じコイルばねを併用した筒形積層ゴムプッシュ式の空気ばね台車である(M車:T-6A、T車:T-6B・近畿車輛製KD-308またはKD-308A)。基礎ブレーキは電動車が片押し式踏面ブレーキ、付随車は踏面ブレーキ併用ディスクブレーキとしている。
補助電源装置はIGBT素子を使用した静止形インバータ (SIV) であり、1・2次車では170kVA出力品、3次車では150kVA出力品を使用した。
電動空気圧縮機は5300形と同じく横型低騒音タイプのレシプロ式で、電動機には三相誘導電動機を採用している。
1・2次車の保安装置は当初ATS、無線装置は誘導無線 (IR) を搭載しATCとATOは準備工事としていた。その後、1999年3月から10月にかけて3次車に合わせてATC・ATOや空間波無線(SR)・ホーム監視モニターなどワンマン運転対応工事が施行された。
3次車は落成当初からATC・ATO・SR・ワンマン運転用機器を搭載している。なお、6000形全廃・ATC切り換え後に落成した第30編成以降は当初からATSとIRを省略しており、6号車の屋根上に設置してあった誘導無線アンテナはない。これは外部からも目立つ。
次車分類
- 1次車:第1 - 5編成(1993年度製造)
- 2次車:第6 - 13編成(1994年度製造)
- 3次車:第14 - 37編成(1999年度 - 2001年度製造)
車両の特徴
- スカート(排障器)の形状が1・2・3次車それぞれで異なる。
- 座席端部の仕切り形状や内装の一部、冷房装置[7]運転席の計器配置が1・2次車と3次車で異なっている。
- 1・2次車に比べ、3次車はコストダウンの影響が現れている。
1・2次車
- 1次車のスカートは左右がつながっていない短い形状であるが、2次車からは長い左右につながった形状になった。
- 冷房装置の前後端にFRP製のカバーを装着している。
- 製造当初はホーム監視用の車外モニターを駅ホーム部に設置する予定だった[8]ため、運転席のTISディスプレイは計器盤に収められている。その後ホーム監視用の車外モニターを車内に設置する方式に改められたため、ワンマン運転の始まる2000年までに行先表示器の下に増設された[9]。
- 運行番号・行先表示・列車位置などの情報は助士側の列車情報設定器から行っていた[10]。
- 列車番号設定器が1号車の運転席背面に設置されているが、その後使用を中止し、改修工事を施工した編成から順次撤去されている。
- 車体外側の車両番号の表記は切り抜きプレート式を採用している。
3次車
- ATC・ATO・SR化と目黒開業準備による大量増備の関係で、新製コスト低減のために仕様が変更された。
- スカートは車体下部に接合していない丸みを帯びた形状となった。
- 前照灯・尾灯ケースの意匠を変更した。
- 冷房装置は仕様を一部変更し、前後端のカバーが廃止された。
- 客室においては車端部のクロスシートを廃止してすべてロングシートとなったほか、床材は灰色の単色となった。座席端の袖仕切りは5300形に類似した化粧板が貼り付けられたものとなった。また、座席下の脚台(蹴込み)はすべて大型のものである。また、側窓のカーテンも単色品に変更。
- 客用ドアがステンレス無塗装に、ドアの開閉部分が10-000形と同じタイプのものに、ドアガラスの支持方法が押さえ金からボンディング式(接着式)に変更された。また、連結面貫通扉もステンレス無塗装とされた。つり革は後年増設部も含めてすべて丸型である。
- 運転席のTISディスプレイとホーム監視モニターの位置が入れ替わった。車外モニターが計器板と並べられ、TISディスプレイが吊り下げられている。また、列車情報の設定はTISディスプレイから操作するように改められた。
- 6000形以来搭載されていた列番設定器は先行投入された第14編成を除いて廃止した。
- 運転席の乗降促進ボタンは左右で独立したものになった[11]。
- 車掌スイッチの再開閉ボタンに、押し間違いを防ぐため、C字状の枠が加わった。
- ツーマン運行時に使用していた車内放送用のマイクロフォン形状が変更された。
- 電動車台車直上床面に点検蓋が設置されている。
その他
- 営業運転開始前の1993年6月22日には、高島平駅で地元の小学生たちが参加した発車式が行われ、同駅 - 巣鴨間で試乗電車が運行された。同年7月31日まで5編成に「6300形新造記念」の特製ヘッドマークが装着された。
- 東急東横線の日吉 - 横浜間および横浜高速鉄道みなとみらい線にも臨時列車「みなとみらい号」として乗り入れる。これによる特別な装備は特に行っていないが、運転時には「みなとみらい号」のヘッドマークと「元町・中華街」および「高島平」の行先票を装着する。目黒線急行運転開始時のソフト交換で元町・中華街までの表示・設定が可能となり、自動放送にも対応されたが、東横線・みなとみらい線内では臨時表示に変更となっている。なお、2006年秋は武蔵小杉駅の配線変更の関係で北千住、浦和美園発着と同様に運転を休止していたが、同年12月運転分から田園調布駅で目黒線から東横線に移ることで運転を再開している。
- 2004年8月に第31編成が誘導障害の試験のため東京地下鉄南北線を経て埼玉高速鉄道の浦和美園車両基地まで走行した記録があり、唯一埼玉県内へ入線した。
関連商品
鉄道模型メーカーのマスターピース社からNゲージとしてステンレス製の組み立てキットが販売されている。
脚注
- ^ 予備車となった非冷房の6000形1本を除く。
- ^ 川崎重工製のオートバイで見られるものと同じである。
- ^ 1次車は漢字で「川崎重工」、年号は元号で表記されている。
- ^ 製造当初はワンマン運転開始前だったため、貼付されていなかった。
- ^ 急行運転区間は東急目黒線内のみ。
- ^ 駆け込み乗車への注意、時間調整、冷房について、携帯電話のルールなど多数ある。
- ^ ただし、1・2次車の修繕工事施行車は、3次車と同じタイプに交換されている。
- ^ 南北線は開業当初この方式だった。
- ^ 東急・東京地下鉄・埼玉高速鉄道はこの配置である。
- ^ 目黒開業までにTISディスプレイからの操作に変更。設定器のディスプレイはのちに撤去され、操作盤はTIS故障時の予備として残されている。
- ^ 1・2次車も同一の仕様に改修された。
参考文献
- 小林正好 「新車ガイド 東京都交通局6300形」『鉄道ファン』1993年9月号、交友社。
- 岸野勇 「研究と開発 都営三田線に新型車両6300形車両」『R&M』1993年9月号、日本鉄道車両機械技術協会。
- 渡辺典秋 「研究と開発 都営三田線6300形3次車の概要」『R&M』1999年12月号、日本鉄道車両機械技術協会。
関連項目