「ジョシュア・レーダーバーグ」の版間の差分

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==微生物の遺伝学==
彼はコロンビア大学医学部で実験医学の研究を始めた。[[オズワルド・アベリー]]が[[デオキシリボ核酸|DNA]]の重要性を明らかにした研究に刺激を受けてレダーバーグは、[[細菌]]は遺伝情報のコピーを単純に引き継いでいくのではなく、ある系統の全ての細胞は本質的に[[クローン]]であるという自説を検証する研究を始めた。コロンビア大学で少し研究を進めた後、レダーバーグは、ライアンのポスドク生であるタータムに手紙を書き、共同研究を持ちかけた。1946年から47年にかけて、レダーバーグはタータムと一緒に[[イェール大学]]で研究を行った。レダーバーグとタータムは、[[大腸菌]]は[[有性生殖]]期に入ると、[[接合]]を通じて遺伝情報を交換することを明らかにした。大腸菌の[[染色体]]のマッピングの研究で、レダーバーグは1947年にイェール大学より博士号を取得した。
 
その後レダーバーグは[[ウィスコンシン大学マディソン校]]の遺伝学の助手となった。レダーバーグと大学院生の[[ノートン・ジンデル]]は、1952年に[[バクテリオファージ]]は[[サルモネラ]]属の菌と遺伝情報を交換できるという事実を発表した。[[形質導入]]と呼ばれるこの過程によって、別の種の細菌がある[[抗生物質]]に対する抵抗性を素早く持てる理由に説明がついた。またレダーバーグと当時の妻であった[[エスター・レダーバーグ]]は1952年に共同で[[レプリカプレート]]法の技術を開発した。彼は1957年に、ウィスコンシン大学マディソン校に医学遺伝学部門を設立した。
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